冷花伝 #006 尊霊の期待
冷花の母が妊娠七ヶ月、尊霊界方の多くは母を見守っていた。昴女の噂が始まる一月(ひとつき)前のことだ。世は武士社会に向かいつつあるも、瀬戸内は一昔(ひとむかし)前のままだった。父は武士に成りたがっていたが、武家が擁立されると云っても、村の自称勇者が騒いでいるだけだ。ところで汝我は官職を経験した占星術師ゆえに、尊霊に成れたと思って頂きたい。そして其の汝我が、冷花の母に注目していたのは、ありふれた理由だ。冷花は汝我の子孫である。母の名は甲子(かし)、占星術師の家柄らしい名だ。俗称では乙(おと)と呼ばれていた。それでは冷花の本名だが、やはり冷花。母の名が干支(えと)の始めなのに対して、冷花の名は干支(かんし)全体を意識して名付けられている。干支(えと)は六十干支(かんし)あって花甲(かこう)と云われている。その「花」が「冷花」の後一字(あといちじ)なのだ。前一字(さきいちじ)の「冷」は冷(ひ)やす意味だが「頭を冷やす」から連想して頂きたい。要するに「六十の気を冷やす」と云う願いが込められている。その働きを星座から読めば「昴星(ぼうせい)」と鳴る。汝我は生前に「名録(めいろく)」を残していた。要するに「命名集」である。その中に「冷花」が在って、母の甲子は「女子を授かったら冷花の名を貰う」と、身重を自覚してから直ぐに宣言していた。見守る御先祖にしては「昴女(すばるめ)が降臨されるのでは」なんて期待するのは無理もない。況(ま)して汝我が尊霊に鳴って六十ヶ月を経(へ)た頃から「昴の気が濃くなった」のだから。
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