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冷花伝 #068 異性に贈る言葉

尊霊界が舞台の壮大な話を語っている。しかしこれは冷花と云う女 性の物語なのだ。そして冷花は生粋の人間である。 だから笑いもすれば泣きもする。当然、怒(おこ)りもする。 と云う風に言葉は続くのだが、ここで立ち止まって考えるのが、 冷花伝の面白さなのだ。更に度々(たびたび)話す「 尊霊が怖がる理由」を具(つぶさ)に紹介すること。 それが作者が担っている最も重大な使命である。それでは先ず「 女の子」としての冷花を観てみよう。再び仙女の舟会(ふなえ) がやって来た時、冷花十歳の誕生日であった。そして「 冷花さんは好きな男子(おのこ)がおるのですか」 と言ったのを思い出して欲しい。舟会は冷花の話す内容から察した ようだが、冷花は目を顰(しか)めて「そんな者はいないよ」 と否定をした。それまでの会話を詳しく語りはしないが、舟会は二 百歳を越える仙女である。冷花流の言い方をすれば「女を二百年も やっている」のである。そんな舟会が、態々(わざわざ) 出した話題であるから意味がある。成行はこうだ。自分が昴女だと 言われることで注目(ちゅうもく)されている。その「 注目される」ことから話が逸(そ)れて、冷花が「注目される男子 (おのこ)」について話し始めたのである。ここで重要なのは、 その話に舟会が大いに感心したことである。冷花は汝我の血筋で あって、占星術師の家柄で育った。だから幼少より占星術に触れて いる。つまり、自然に身についている占学思想が男子を語る要素に なっているのだ。九歳になったばかりの少女が、 熱く語る異性へ贈る言葉。其処には、普通の女の子も居た。

冷花伝 #067 尖った言葉

連妖の正式象名を「雲羅華(くもらげ)」と呼ぶことは既に述べて いるが、本段では形状について語っておく。 最も詳しいのは田端刃(たづまは)に依るものだが、 冷花が観たと云う記録が仙町録「冷花十九段」 にあるので其れを要約する。父と出雲に居た冷花は海岸に締縛され た多くの妖精界を観察していた。 妖精を見るのは不得意な冷花であるが、その経験によって輪郭なら ば濃(こ)く擦(なぞ)れるようになる。十五歳卯月に一旦、 嗜乃津(たしなず)へ帰り、母に出雲での経験を語る。 十六歳戌月には再び出雲へ戻るが、その期間に嗜乃津から為津( なしず)までの水壁(みずかべ)の輪郭を詳細に観察した。 その結果、連なった尖箇所(とがりかしょ) には言葉が詰まっていることを発見した。と、こんな内容であるが 原文は長文である。雲羅華の形状は頂(いただき) が尖ったテントのようなもので、それが単体である。とうぜん連妖 に成れば、連なった尖箇所が並ぶことになる。音象詩によれば、冷 花が尖箇所に意識を集中させると言葉が聞こえてくるそうだ。それ は外部から眺めている星名女にも聞こえるらしく、彼女は「尖った 言葉」と表現している。冷花が耳にする「尖った言葉」は、自分の 声で聞こえてくる。外部から星名女が聞いた「尖った言葉」は冷花 の音色ではなく別人のものであるらしい。星名女も試してはみたが 、上手く尖箇所に集中出来なかったそうだ。ここで御分(おわ)か りと思うが、星名女は冷花を観察し、長期に渡り研究をしていた。 その成果が音象詩に記録されているのである。

冷花伝 #066 救われる成行

読者の視点では、嗜乃津(たしなず)尊霊界の危機も脱している。 しかも背布龍(せめりゅう)の降臨によって、簡単に解決したよう な印象を持ってはいないだろうか。末目彦の難行を忘れかけてはい ないだろうか。本段では其れを思い出して、尊霊界が救われた成行 を回顧してみたい。先ず「危機回避の希望」を齎したのは冷花であ る。昴女の噂が、尊霊方(がた)の拠り所となって勇気ある行動を 誘発した。何故なら、過去に多くの尊霊界が壊れているのである。 第五の事例を辿ると、地震や火山噴火で集落が消えるのは珍しくな い。それと同じで、怪音が激しくなった尊霊界では、 他界に避難するのが定石なのだ。つまり、 危機を脱した尊霊界は珍しい。回避されたとしても「運が良かった 」とでも云うべき自然現象なのだ。嗜乃津尊霊界が異例なのは、尊 霊と人間の協力によって得た成果だからだ。今までの文をを再読し ていただければ納得ができるはずだ。これを「四五結束」と云う。 四は神界、五は人間界のことであるから、 人間界と神界の結束なのである。連妖の生立ちは、 主に人間の想い。そして尊霊の弱みは、人間のように想いを固める 神様である。だから嗜乃津尊霊界は、自分たちが齎した災害を、 自分たちの努力で回避したのである。もちろん背布龍は尊霊界より も上の神界に居る。「四五結束」の四は、高神界も含まれる。 もし末目彦らの努力がなければ、背布龍は「連妖の、 どの部分を断ち切ればよいのか」分からなかったのである。ところ で背布龍を連れてきたのは星名女である。彼女のような仙女は、 人間と尊霊の両帯(りょうたい)を占(し)めている。 ところで今、物足りなさを感じた読者が居たのではないだろうか。 実は、末目彦が難行を終えて帰還した。その件(くだり)は未だ語 っていないからだ。

冷花伝 #065 音象誌の始り

星名女は隠行が得意である。龍神と共に動いても、周囲に悟られる ことはない。ところが冷花には、動きを悟られたのである。 それから暫く、その理由を考え続けていたのだ。その思考が「 音象詩 第八章」から伺われる。龍神に対する甲子の反応、そして冷花の洞 察。これを追求することによって、星名女なりの「龍神学」 が完成した。ところで此の事を境にして、星名女の方針が一転した のだ。始めて冷花を訪れた頃には、冷花を弟子に迎えようと思って いたのである。ところが其れを撤回した。それに冷花には師と仰ぐ 人が決まっている。その未来を察知したのも星名女の能力であるが 、彼女が「暦神の結束を知っていたこと」も手掛りの一つだった。 さらに詳しい理由については「音象詩 第十三章」に残しているが、其れは別の機会に紹介する。それより 仙町録には興味深い記述がある。 仙町録「雑記(ざっき)段 三十」 多戸(たんと)にて、水壁の悪路を断ち切ったと云う女仙に逢った 。自他共に操龍の誉(ほまれ)を認め、鎮星を舞うと云うは龍子舞 の名を漏らすこと度々(たびたび)也。何(なに) を求めるに出魂糸(しゅっこんし)を手繰ると云うては、背布龍( せめりゅう)が担うと宣(のたま)う。此の仙女は嗜乃津( たしなず)の恩女(おんにょ)にして、起因は昴女を追って来たと 伝う。冷花の技を得るを欲して四面を遊行す。其(そ)は水浴をし て素女(そめ)を洗うに頗(すこぶ)る丁寧(ていねい)故、 我聞く。「恩女は素女技(そめぎ)を磨いておるに如何法なるや」 恩女曰く「甲子法にして龍と通じるを磨く。是、 昴女の秘法なりて見授(けんじゅ)せしもの」也と。 この記録を読むに当たり、間違ってはならないのは「人間と尊霊の 遣り取り」であることだ。星名女は仙女だが、第五の人間である。 要するに、尊霊が水浴していた星名女に逢った。と云うことだ。尊 霊は末目彦であるが、どうやらこの時から正式に「音象詩」を書き 始めたようだ。一字一句の意味よりも「情景の雰囲気」を味わって 欲しい。此処に日付はないが、冷花十四歳の午月三日のことである 。

冷花伝 #064 龍神学への誘い

星名女がやって来た。「甲子(かし)様、私に御用があると察して 、参りました」甲子は驚きもせず「盆架水(ぼんかすい)」 を用意して星名女を迎えた。星名女が椀を手に取り、 一口飲んで話し始めたところ、それを観た冷花は、 急にケラケラと笑いだした。星名女は其れを気にかけながらも話し 始めた。「甲子様が、私を御呼びになったような気がしました」 と、口調としては丁寧だが(私は何でも知っています)とばかりの 気位(きぐらい)だった。冷花は笑いを堪(こら)えながら、 口を閉じていた。甲子は星名女への敬意を込めて「昨日、 星名女さんのことを考えていたのです。最近、妖精界の激景( げっけい)とも思えるものを見たのですが、冷花が見た夢に関係が あるようなのです。私にとっては、冷花を産んでからの経験なので 」と、浮気伝に纏わることを話した。そして最後に、「星名女さん だったら、妖精のことを詳しく知っているのじゃないかなと冷花に 言ったのです。すると星名女さんが来られたので、天耳(てんに) でしょうか。有り難く感じます」と、締め括った。天耳と云う言葉 が心地良かったのか、星名女は「私は冷花さんの御生まれから見守 っております。とうぜん甲子様の心中も常に伺っております。故に 通じたものと思われます」と、親しみを込めて語った。何故か冷花 は、真面目に聞いていた。そして「小母さんが来たのは偶然だと思 っていたの。でもさ、昨日は龍神が冷花を見ていたんだ。 母さんと臍の話をしていた時、母さんの素女(そめ) が白く光った。たぶん龍神には其れが分かったんじゃないかな。 浮気伝に、龍神が近くに居ると素女が光るって御話があったから」 と話した。素女とは臍下(へそのした)の幼児語である。丹田を表 すこともあれば女性器を示すこともある。ところで甲子が架族魚( かぞくぎょ)を目撃した時、素女が光っていたはずだ。但し、可視 光線を放つと云う意味ではなく、素女から陽気が発散するのである 。現代的な言い方ならば、龍神のエネルギーに身体が共振している のである。冷花は最初、星名女の来訪は偶然と思っていた。しかし 偶然ではないと思い直したのは、星名女が近くに居て母と冷花を観 察していたと考えたからである。実は音象詩に、 こんな記述がある。 音象詩 第八章「龍神学への誘い」 嗜乃津(たしなず)は特別な地である。冷花はその地の...

冷花伝 #063 母との遊戯

  架族魚(かぞくぎょ)が現れた日から二週間ほど経った朝、甲子は 冷花に詳しく聞いてみた。直ぐに聞きたかったのであろうが、 暫く考えていたようだ。あの日以来、冷花の目線に落ち着きがなく なったことも気に掛かっていたのだ。 母「何か見えるの。瞳が動いてるわ」 冷花「見えないから落ち着かないのよ。母さんは妖精が見えるので しょ」 母「どれだけ見えてるのか分からないけれどね。そう云えば御父さ んは、曇の日だったら何となく見える。って言ってたわよ」 冷花「お天気によって違うんだ。明るかったら見えないのかな。で も、妖精って色々居てるんでしょ。今まで、どんなの見たか教えて よ。そう云えば浮気伝にも妖精が出てきてたんでしょ。冷花は御話 イッパイ聞いたけど、妖精とか神様とか考えていなかったな。母さ んの話を聞いて楽しいだけだったから」 冷花が「浮気伝」と言ったところで、甲子(かし)は目を輝かした 。其れに気付いた冷花は「母さん、目が大きくなったけど。 何か私の傍(そば)に居てるの」と、自分の周りを見回(まわ) した。甲子は少し微笑んで「いいえ、何も居ないわよ。 私の目が大きくなったのはね。あなたが浮気伝っていったからなの 。ところで冷花、夢に小さな御人形(おにんぎょう)のような子供 が現れたって言ってたでしょ。どんな感じの子供だった」 母から夢のことを聞かれた冷花は、数分間、 目を閉じて思い出していた。「変な服を着ていたな。臍(へそ) が見えていて、手の袖か短かかった。髪の毛は冷花と似ていた。 それから、話し方は大人みたいだった」冷花が言ったのは其れだけ だったが、甲子は其れで確信出来た。「きっと、 その子が私に御話を伝えてくれてるのだわ」それを聞いた冷花は何を 思ったのか、自分の臍を出して「こんな形の臍だったよ」と、 周りを押さえて変形させた。すると母も臍をだして、 冷花の真似をした。それから暫く、母と娘(こ)の「臍出し談話」 が続いたが、甲子は急に目を輝かした。それを見た冷花は、母がふ ざけたのだと思い「母さん、また目が大きくなったよ」と言って、 大笑いした。しかし甲子は真面目な顔をして「星名女さんだったら 、妖精のことを詳しく知っているのじゃないかな」と言った。する と次の日、何故か星名女が尋ねてきた。

冷花伝 #062 鹿島神宮の要石

  武甕槌(たけみかづち)を祭神とする鹿島神宮には「要石(かなめ いし)信仰」がある。要石の役割は「地震を起こす大鯰(おおなま ず)」の頭を押さえて封じることだ。承知の通り日本は地震大国で ある。ところで現代科学ではプレートテクトニクス説と言って「地 球表面は十数枚の大きな石畳で覆われている」と信じられている。 尊霊界の科学者からすれば「そんな馬鹿な」と云う話なのだが、 今のところ口(くち)を合わせておくのが賢明だ。そこで、 土地の下方(かほう)は「板っぽい」と覚えておく。 例えばユーラシア大陸の下は大俎(おおまないた)なので、 大龍神の石畳に最適だ。此処で地震の話をするのは「 尊霊界の危機」との関連である。尊霊界の生立ちを思い出して欲し い。第五の傍(そば)で構築されて行った世界だ。だから「隣景( りんけい)」と言うことも既に述べている。 ところで地震のイメージだが、轟音(ごうおん) と云うのはどうだろうか。それを安定させるのが鎮星の音、 即ち納音(なっちん)である。大地を叩くのが太陽の光棒、 ドラムのスティックのようなものだ。さて連妖が発するのは怪音( かいおん)であって納音のハーモニアを剥がしてしまう。第五と隣 景が怪音によって剥がれようとすると、崩壊の危機に遭うのは尊霊 界だ。第五は硬い、つまり縛力が強いので崩れにくい。 ところが隣景の異常は、やがて地球内の流縛部を揺さぶって石畳が 震える。何が言いたいのかと云うと、第五で大地震が起きれば、そ の前に尊霊界が壊れているのである。第六は人の念積によって形成 されている。連妖も然りである。当然、架族魚(かぞくぎょ) も同じだ。その架族魚が連妖に呑まれたのを、甲子は目撃した。し かし厳密には、呑み込まれたのではない。入って行ったのである。 架族魚の形態は「鯰」になって石畳に座る。 場合によっては人型になって人と話す。連妖の中を駆ければ太刀魚 のように成る。甲子の証言によると、連妖に呑み込まれる直前は人 型に見えたそうだ。そして「行ってまいります」 と掛け声のような口調で言ったそうだ。どうやら架族魚には、 連妖を鎮める働きがあるようだ。それでは冷花伝の設定を話そう。 鯰は地震を起こすのではなく、地震を抑えようとして暴れているの だ。要石は、鯰の動きを補佐する押石(おうせき)なのである。 要石信仰とは、祈りによ...