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冷花伝 #015 尊霊の声

冷花が初めて尊霊の声を聞いたのは胎児の時だ。まさか胎児が「聞きました」とでも言ったのか、或いは覚えているのか。変な話に聞こえるかもしれないが、その答えは簡単である。冷花の記録は殆ど尊霊界に在るからだ。複数の尊霊が、熱心に胎児の冷花に話しかけた。その中で、最も熱心だったのが末目彦(まつめひこ)と云う尊霊だった。受胎して一月あたりから三週間毎日、話しかけた。普通だったら四魂が決定されていないはずだが、末目彦は試みた。そして得た言葉は一言「煩(うるさ)い黙(だま)れ」だった。とりあえず反応を得た末目彦は喜び勇んで棟締(とうしめ)に報告した。棟締とは尊霊界の纏め役の方だ。 末目彦「あの子は普通ではありませぬ。やはり先尾を得ております。私の話しかけに、言葉で答えました」 棟締「どれほど語ったのだ」 末目彦「煩い黙れと言われました」 棟締「声の印象に雌雄が診られたか」 末目彦「明らかに女の声に聞こえました」 棟締「そうか。もしや上から降りたかもしれぬ。黙れと云うわ、人の声ではないことがわかっているからだ。降りてきたなら、人から語られることを欲するはずだ」 末目彦「あと三週間は続けまする」 そんな訳で末目彦は続けたのだが、その後胎児は沈黙を守った。ところで先尾を得ていると云うのは、目的を持って人間になろうとしていることを表現している。先尾の原義は「過去を押さえておく」と云うことだ。未来に何らかの目的があって、今を演出する。つまり冷花の魂は、目的を持って此処へ来た。それでは何故、末目彦は調査を試みているのか。それは、嗜乃津(たしなず)の尊霊界に危機が迫(せま)っていたからだ。

冷花伝 #014 御山から海へ

甲子が難産かと心配した折、父が尋ねた巫が居(お)って、その巫は射膳(しゃぜ)と云う名で「御山(みやま)の麓(ふもと)に行く」と言って姿を消した。さて、その御山とは何処(どこ)なのか。安易に明かしてしまうが、それは彼(か)の富士山である。射膳が向かった「麓」とは、山裾(やますそ)のことではなく「麓」と云う地名なのである。現在の沼津辺りだ。確かに富士の裾野は広く、当時の飛仙女なら「海まで続いている」と観ていたのであろう。これは噂であるが、この辺りでは現在でも飛仙女が目撃されるそうだ。富士山頂から淡島に向かって飛行する女仙を想像すると、当(まさ)に清々(すがすが)しい限りである。そして白状すると、作者は此処で飛仙女を見たのである。と云っても私が自分の妄想を噂に仕立てたのではない。その噂は八百年ほど前から始まっている。何分この文は小説に分類しておるので、何を言っても自由である。更に調子に乗って、展望確立を上げる秘訣を話しておく。展望地は三島が最適だ、三嶋大社に参拝して空を見上げるのはどうだろうか。飛んでいる時に遭遇する確立は少ないが、四魂(しこん)の働きで過去の映像が観えるかもしれない。そして其れが、冷花であることも有り得る。

冷花伝 #013 積龍神

怪しげな覡(げき)が「吾は積(つも)龍神なるぞ」と叫んだ瞬間、冷花は「戯(たわ)けな」と思った。それでは何故、冷花に其れが偽物だと分かったのか。見かけが「如何にも胡散臭い」からではない。冷花は物心付いた頃から、積龍神に接していたからなのだ。そんな事を云うと、冷花が人間ではないみたいな印象になってしまう。それも其のはず、これは仙町録に書いてある尊霊界の話だからだ。それでは先ず、積龍神について語ることにする。積龍神は、尊霊にとっての「上の神様」である。だから人間界からは、優秀な仙人でも観えないのが普通だ。しかし稀に、輪郭なら観える者が在(い)る。何故に輪郭が観えるかは「話がややこしくなるので」止めておくが、冷花は其の体質だったのだ。七歳の夏、菜田(なた)の尊霊界が騒がしくなった。龍神が頻繁に目撃されたからだ。菜田には蘇支(そし)と云う文刈(もんかり)が居て、色んな出来事を記録していた。文刈とは、歴史学者のようなものだが、文官(ぶんかん)と表現しないのは公職ではないからだ。 龍神が頻繁に目撃されるようになってから、蘇支は龍神との接見を望み、祈願した。その願いに応えてくれたのが積龍神だった。 積龍「聞きたいことが在るのか」 蘇支「私が尊霊に就きまして三十年になりますが、こんなに龍神が来られるのは初めてです。何事か在るのでしょうか」 積龍「これから暦神の結束が始まる故にな、準備をしておる」 蘇支「暦神の結束とは如何なることでしょうか。初めて耳にいたします」 積龍「昔の仲間が同期転生して事を起こすのだ。その仲間たちの遭遇を見守るため、我らはきておる」 積龍神と蘇支の遣り取りは二刻に及んだそうだ。その内容は仙町録に残されている。要するに冷花は其の「暦神の結束」とやらの人員だと云うことだ。積龍神は、謂わば冷花の守護神なのだ。しかし此処で勘違いしてはならないことがある。積龍神は蘇支の質問に応えてくれたほどだから、冷花には多くの知識を与えただろうと考えてはいけない。蘇支は尊霊で冷花は人間であるからだ。但し冷花は、尊霊とは語ることが出来る。

冷花伝 #012 覡の考察

くどい話をするが、覡(げき)とは「男の神降ろし」だと述べる辞書がある。何を言っても「諸説ある」で良いのだが、冷花伝の中では違う。十六歳の冷花が言うに「変な夢を見たので、母に話してみた。母は、覡の話をしてくれた。どうやら最近、嗜乃津(たしなず)に覡がやって来て『神降ろし』を行なっているそうだ。たぶん其の気配が夢になったのだろうと言われた。そこで何処に居るかを聞いて行ってみた。本当に覡が居た。神降ろしをしてみいやと言ったが、子供扱いして相手にしてくれない。仕方ないから母に願って、付いてきてもらった。その覡が『何を降ろすのじゃ』と母に言ったので、私が、本当に降ろせるのなら何でも良いからと言ってやった。すると目を剥(む)いて上を向いて『吾は積(つも)龍神なるぞ』と叫びよった。『覡に龍が来るはずはない』と叫び返してやった。すると急に大人しくなった。私はあきれて母に『帰ろう』と袖を引いて立った。『母様、気持悪いものを見ました。早く帰りましょう。こんな者が村に居るから、夢見も悪くなりまする』母は気まずそうに『この子は神様が観えるそうなのです』と覡に言っておった」此度(こたび)の話はここまでにしておくが、とにかく冷花は、偽神を暴くのが得意な子であった。括(くく)りに覡とは何かを教えておこう。漢字の自己解釈だが「覡」は「巫を見る」と表してある。巫は「かんなぎ」と読んで、男女の区別をしていないのは間違いだ。巫は女と決めておく。そうすると「女を見る」のが「覡」である。神を上手く降ろせるのは女だ。だから男は「神が降りた女を見る」それだけのことだ。神が降りた女を見て、どの様な神かを判断できると、審神者(さにわ)と呼ばれる。冷花に言わせると「審神者なんて胡散臭い」そうだ。

冷花伝 #011 ある巫のこと

御山に行った巫のことであるが、先ず巫と云う存在が珍しくもない。と云うことを知っておかなければならない。人間界に巫の免許があったわけでもないし、一定の作法があった訳でもない。しかし尊霊界には明確な基準があった。尊霊と会話を交わせる女である。男の場合は覡(げき)と云うが、これには一種の免許が在った。各國には其の國を統制する王が居て、王が覡の免を許す。国家試験に相当する基準が王の見識によると考えればよい。面白い事実だが、巫は自称で成立していた。女體の持っている神秘性は自称を正当化する。とでも言うに止(とど)めておく。詳しく語れば良いのだが、そんな事より、冷花に関わった巫に焦点を当てる。巫の存在が珍しくないのに、冷花の父は態々(わざわざ)隣村の巫を尋ねた。その巫はいつの間にか隣村の呂丹炉(ろたんろ)に住み着いたのだが、父は祖母から呂丹炉について聞かされていた。「呂丹炉には神界の門が在って、神々が出入りする。その門前には鬼が居て、人を寄せ付けない」と云うものだ。有り触れていて、更に胡散(うさん)臭い話だが、父にすれば「彼処(あそこ)に住み着ける巫だったら、神通力を得ているに違いない」と思ったのである。ついでだから、その巫の名は射膳(しゃぜ)と云う。名が分明なのは、仙町録に記載されているからだ。

冷花伝 #010 産声の意味

何かと話題を提供する冷花だが「無事に産まれました」だけでは終わらなかった。冷花の産声が特殊だと、尊霊界では大騒ぎになったのだ。ところで産声と云うのは、母親の胎内から出て肺呼吸に変わっての第一声だ。どの様な声かは、出産に立ち会った経験者なら御存知だろう。ところが此の話題の舞台は尊霊界である。だから聞こえ方が違う。「声」と云うよりは「音」と表現するのが適切だ。普通は「ひゅー」と、やや掠(かす)れたような響きだが、冷花の其れは「とぅおーん」と云う金属音だった。金属といえば、昴星(ぼうせい)は金気(こんき)の旺(おう)だから。等と勘繰(かんぐ)るかもしれないが、とにかく其の様に聞こえたのである。要は「普通と違う」だけで意味深くなってしまうのだ。それでは人間の耳では、どの様に聞こえたのか。おそらく普通の赤子だったと思うのだが、作者の趣向で呪文のように「遠伽(おんぎゃ)」と挙げたことにしておく。

冷花伝 #009 赤子の印

確かに仙町録には、出生不明の冷花情報が事細かく書かれている。不思議に思えることもあるが、世界は其のようなものである。ここで勘違いしてはならないことがある。尊霊界の記録が詳細なのは冷花に関してであって、何もかもが、その様ではない。人間界では当り前の情報が、尊霊様は全く知らないこともある。さて臨月を迎えた甲子(かし)は体調を崩したが、出産日が近づくに連れて元気を取り戻した。隣村の巫が「言ったから」かどうかは別として、とにかく快復してきたのである。本来、甲子は元気な女性である。それから甲子の出産に対して大騒ぎしているのは尊霊界であって、嗜乃津(たしなず)の実家では普通に忙しくしているだけだ。仙町録には「昴女なるに昴日に生まれた」と在るが、辰月1日が昴日かどうかは怪しい。但し尊霊界では「昴が眩しいくらいに明るかった」のかもしれない。かくして、無事に生まれた冷花だったが「肌が不可思議に綺麗な赤子」と記録されている。ファンタジー映画だったら「何々の印(しるし)」とか云って「あざ」でもあるのだろうが、冷花は綺麗な肌の赤子として生まれた。生後ひと月の頃、父は隣村へ行った。巫に会うためだが、巫はいなかった。村人に尋ねると「御山(みやま)の麓に行く」と言って姿を消したそうだ。