冷花伝 #012 覡の考察

くどい話をするが、覡(げき)とは「男の神降ろし」だと述べる辞書がある。何を言っても「諸説ある」で良いのだが、冷花伝の中では違う。十六歳の冷花が言うに「変な夢を見たので、母に話してみた。母は、覡の話をしてくれた。どうやら最近、嗜乃津(たしなず)に覡がやって来て『神降ろし』を行なっているそうだ。たぶん其の気配が夢になったのだろうと言われた。そこで何処に居るかを聞いて行ってみた。本当に覡が居た。神降ろしをしてみいやと言ったが、子供扱いして相手にしてくれない。仕方ないから母に願って、付いてきてもらった。その覡が『何を降ろすのじゃ』と母に言ったので、私が、本当に降ろせるのなら何でも良いからと言ってやった。すると目を剥(む)いて上を向いて『吾は積(つも)龍神なるぞ』と叫びよった。『覡に龍が来るはずはない』と叫び返してやった。すると急に大人しくなった。私はあきれて母に『帰ろう』と袖を引いて立った。『母様、気持悪いものを見ました。早く帰りましょう。こんな者が村に居るから、夢見も悪くなりまする』母は気まずそうに『この子は神様が観えるそうなのです』と覡に言っておった」此度(こたび)の話はここまでにしておくが、とにかく冷花は、偽神を暴くのが得意な子であった。括(くく)りに覡とは何かを教えておこう。漢字の自己解釈だが「覡」は「巫を見る」と表してある。巫は「かんなぎ」と読んで、男女の区別をしていないのは間違いだ。巫は女と決めておく。そうすると「女を見る」のが「覡」である。神を上手く降ろせるのは女だ。だから男は「神が降りた女を見る」それだけのことだ。神が降りた女を見て、どの様な神かを判断できると、審神者(さにわ)と呼ばれる。冷花に言わせると「審神者なんて胡散臭い」そうだ。

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