冷花伝 #021 突先の色

臨月あたりには難産の心配もあった。しかし概ね、甲子(かし)の妊娠中は平穏な日常だった。無事な出産も叶った故に、有難き思いに満ちている。でも「何かあったような」と、父は選べぬ記憶が擬(もど)かしかった。その感性が始まって、十日ほどして「そう云えば」と閃(ひらめ)いた。甲子の突先が淡く光っていたのを思い出した。気の所為(せい)くらいに思っていたことだが、考え直して試(み)れば不可思議なことだ。突先とは乳首のことだが、田室女の身体には例え用のない魅力がある。況して突先は「想杭(おもいくい)」と云える処だ。観るだけで安らぎを覚える。ところで尊霊界から眺めれば、甲子の突先が淡く光っていた理由は分明だ。女神が語りかけていた時の現象である。尊霊女の多くは出産経験もある。胎児に語り掛ける気持も、男神(おがみ)の其れとは違う。子を思い遣る念が注いでくるのだ。しかし多くの尊霊が語りかけたのは、其々(それぞれ)の好奇心ではなく調査であった。それも忘れてはならない。せっかくだから作者の知識を披露しておくが、突先の耀(かがやき)には色が塗られている。塗るのは御月様、厳密には廿八色になるのだが、大雑把(おおざっぱ)に七色分類すると、月曜色、火曜色、水曜色、木曜色、金曜色、土曜色、日曜色、である。見ての通り、現代でも馴染みの「七曜」だ。七色分(しちしきぶん)は密教経典によって流決されている。この小説設定では、鯉冥士(りめいし)と云う渡来学者が語ってくれるのだが、支那の科学史を持ち出せば、北宋時代の沈括(しんかつ)先生に至って再流決された。難しい話はこれくらいにして、父が観た突先は淡い七色だったのだ。

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