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冷花伝 #068 異性に贈る言葉

尊霊界が舞台の壮大な話を語っている。しかしこれは冷花と云う女 性の物語なのだ。そして冷花は生粋の人間である。 だから笑いもすれば泣きもする。当然、怒(おこ)りもする。 と云う風に言葉は続くのだが、ここで立ち止まって考えるのが、 冷花伝の面白さなのだ。更に度々(たびたび)話す「 尊霊が怖がる理由」を具(つぶさ)に紹介すること。 それが作者が担っている最も重大な使命である。それでは先ず「 女の子」としての冷花を観てみよう。再び仙女の舟会(ふなえ) がやって来た時、冷花十歳の誕生日であった。そして「 冷花さんは好きな男子(おのこ)がおるのですか」 と言ったのを思い出して欲しい。舟会は冷花の話す内容から察した ようだが、冷花は目を顰(しか)めて「そんな者はいないよ」 と否定をした。それまでの会話を詳しく語りはしないが、舟会は二 百歳を越える仙女である。冷花流の言い方をすれば「女を二百年も やっている」のである。そんな舟会が、態々(わざわざ) 出した話題であるから意味がある。成行はこうだ。自分が昴女だと 言われることで注目(ちゅうもく)されている。その「 注目される」ことから話が逸(そ)れて、冷花が「注目される男子 (おのこ)」について話し始めたのである。ここで重要なのは、 その話に舟会が大いに感心したことである。冷花は汝我の血筋で あって、占星術師の家柄で育った。だから幼少より占星術に触れて いる。つまり、自然に身についている占学思想が男子を語る要素に なっているのだ。九歳になったばかりの少女が、 熱く語る異性へ贈る言葉。其処には、普通の女の子も居た。

冷花伝 #067 尖った言葉

連妖の正式象名を「雲羅華(くもらげ)」と呼ぶことは既に述べて いるが、本段では形状について語っておく。 最も詳しいのは田端刃(たづまは)に依るものだが、 冷花が観たと云う記録が仙町録「冷花十九段」 にあるので其れを要約する。父と出雲に居た冷花は海岸に締縛され た多くの妖精界を観察していた。 妖精を見るのは不得意な冷花であるが、その経験によって輪郭なら ば濃(こ)く擦(なぞ)れるようになる。十五歳卯月に一旦、 嗜乃津(たしなず)へ帰り、母に出雲での経験を語る。 十六歳戌月には再び出雲へ戻るが、その期間に嗜乃津から為津( なしず)までの水壁(みずかべ)の輪郭を詳細に観察した。 その結果、連なった尖箇所(とがりかしょ) には言葉が詰まっていることを発見した。と、こんな内容であるが 原文は長文である。雲羅華の形状は頂(いただき) が尖ったテントのようなもので、それが単体である。とうぜん連妖 に成れば、連なった尖箇所が並ぶことになる。音象詩によれば、冷 花が尖箇所に意識を集中させると言葉が聞こえてくるそうだ。それ は外部から眺めている星名女にも聞こえるらしく、彼女は「尖った 言葉」と表現している。冷花が耳にする「尖った言葉」は、自分の 声で聞こえてくる。外部から星名女が聞いた「尖った言葉」は冷花 の音色ではなく別人のものであるらしい。星名女も試してはみたが 、上手く尖箇所に集中出来なかったそうだ。ここで御分(おわ)か りと思うが、星名女は冷花を観察し、長期に渡り研究をしていた。 その成果が音象詩に記録されているのである。

冷花伝 #066 救われる成行

読者の視点では、嗜乃津(たしなず)尊霊界の危機も脱している。 しかも背布龍(せめりゅう)の降臨によって、簡単に解決したよう な印象を持ってはいないだろうか。末目彦の難行を忘れかけてはい ないだろうか。本段では其れを思い出して、尊霊界が救われた成行 を回顧してみたい。先ず「危機回避の希望」を齎したのは冷花であ る。昴女の噂が、尊霊方(がた)の拠り所となって勇気ある行動を 誘発した。何故なら、過去に多くの尊霊界が壊れているのである。 第五の事例を辿ると、地震や火山噴火で集落が消えるのは珍しくな い。それと同じで、怪音が激しくなった尊霊界では、 他界に避難するのが定石なのだ。つまり、 危機を脱した尊霊界は珍しい。回避されたとしても「運が良かった 」とでも云うべき自然現象なのだ。嗜乃津尊霊界が異例なのは、尊 霊と人間の協力によって得た成果だからだ。今までの文をを再読し ていただければ納得ができるはずだ。これを「四五結束」と云う。 四は神界、五は人間界のことであるから、 人間界と神界の結束なのである。連妖の生立ちは、 主に人間の想い。そして尊霊の弱みは、人間のように想いを固める 神様である。だから嗜乃津尊霊界は、自分たちが齎した災害を、 自分たちの努力で回避したのである。もちろん背布龍は尊霊界より も上の神界に居る。「四五結束」の四は、高神界も含まれる。 もし末目彦らの努力がなければ、背布龍は「連妖の、 どの部分を断ち切ればよいのか」分からなかったのである。ところ で背布龍を連れてきたのは星名女である。彼女のような仙女は、 人間と尊霊の両帯(りょうたい)を占(し)めている。 ところで今、物足りなさを感じた読者が居たのではないだろうか。 実は、末目彦が難行を終えて帰還した。その件(くだり)は未だ語 っていないからだ。

冷花伝 #065 音象誌の始り

星名女は隠行が得意である。龍神と共に動いても、周囲に悟られる ことはない。ところが冷花には、動きを悟られたのである。 それから暫く、その理由を考え続けていたのだ。その思考が「 音象詩 第八章」から伺われる。龍神に対する甲子の反応、そして冷花の洞 察。これを追求することによって、星名女なりの「龍神学」 が完成した。ところで此の事を境にして、星名女の方針が一転した のだ。始めて冷花を訪れた頃には、冷花を弟子に迎えようと思って いたのである。ところが其れを撤回した。それに冷花には師と仰ぐ 人が決まっている。その未来を察知したのも星名女の能力であるが 、彼女が「暦神の結束を知っていたこと」も手掛りの一つだった。 さらに詳しい理由については「音象詩 第十三章」に残しているが、其れは別の機会に紹介する。それより 仙町録には興味深い記述がある。 仙町録「雑記(ざっき)段 三十」 多戸(たんと)にて、水壁の悪路を断ち切ったと云う女仙に逢った 。自他共に操龍の誉(ほまれ)を認め、鎮星を舞うと云うは龍子舞 の名を漏らすこと度々(たびたび)也。何(なに) を求めるに出魂糸(しゅっこんし)を手繰ると云うては、背布龍( せめりゅう)が担うと宣(のたま)う。此の仙女は嗜乃津( たしなず)の恩女(おんにょ)にして、起因は昴女を追って来たと 伝う。冷花の技を得るを欲して四面を遊行す。其(そ)は水浴をし て素女(そめ)を洗うに頗(すこぶ)る丁寧(ていねい)故、 我聞く。「恩女は素女技(そめぎ)を磨いておるに如何法なるや」 恩女曰く「甲子法にして龍と通じるを磨く。是、 昴女の秘法なりて見授(けんじゅ)せしもの」也と。 この記録を読むに当たり、間違ってはならないのは「人間と尊霊の 遣り取り」であることだ。星名女は仙女だが、第五の人間である。 要するに、尊霊が水浴していた星名女に逢った。と云うことだ。尊 霊は末目彦であるが、どうやらこの時から正式に「音象詩」を書き 始めたようだ。一字一句の意味よりも「情景の雰囲気」を味わって 欲しい。此処に日付はないが、冷花十四歳の午月三日のことである 。

冷花伝 #064 龍神学への誘い

星名女がやって来た。「甲子(かし)様、私に御用があると察して 、参りました」甲子は驚きもせず「盆架水(ぼんかすい)」 を用意して星名女を迎えた。星名女が椀を手に取り、 一口飲んで話し始めたところ、それを観た冷花は、 急にケラケラと笑いだした。星名女は其れを気にかけながらも話し 始めた。「甲子様が、私を御呼びになったような気がしました」 と、口調としては丁寧だが(私は何でも知っています)とばかりの 気位(きぐらい)だった。冷花は笑いを堪(こら)えながら、 口を閉じていた。甲子は星名女への敬意を込めて「昨日、 星名女さんのことを考えていたのです。最近、妖精界の激景( げっけい)とも思えるものを見たのですが、冷花が見た夢に関係が あるようなのです。私にとっては、冷花を産んでからの経験なので 」と、浮気伝に纏わることを話した。そして最後に、「星名女さん だったら、妖精のことを詳しく知っているのじゃないかなと冷花に 言ったのです。すると星名女さんが来られたので、天耳(てんに) でしょうか。有り難く感じます」と、締め括った。天耳と云う言葉 が心地良かったのか、星名女は「私は冷花さんの御生まれから見守 っております。とうぜん甲子様の心中も常に伺っております。故に 通じたものと思われます」と、親しみを込めて語った。何故か冷花 は、真面目に聞いていた。そして「小母さんが来たのは偶然だと思 っていたの。でもさ、昨日は龍神が冷花を見ていたんだ。 母さんと臍の話をしていた時、母さんの素女(そめ) が白く光った。たぶん龍神には其れが分かったんじゃないかな。 浮気伝に、龍神が近くに居ると素女が光るって御話があったから」 と話した。素女とは臍下(へそのした)の幼児語である。丹田を表 すこともあれば女性器を示すこともある。ところで甲子が架族魚( かぞくぎょ)を目撃した時、素女が光っていたはずだ。但し、可視 光線を放つと云う意味ではなく、素女から陽気が発散するのである 。現代的な言い方ならば、龍神のエネルギーに身体が共振している のである。冷花は最初、星名女の来訪は偶然と思っていた。しかし 偶然ではないと思い直したのは、星名女が近くに居て母と冷花を観 察していたと考えたからである。実は音象詩に、 こんな記述がある。 音象詩 第八章「龍神学への誘い」 嗜乃津(たしなず)は特別な地である。冷花はその地の...

冷花伝 #063 母との遊戯

  架族魚(かぞくぎょ)が現れた日から二週間ほど経った朝、甲子は 冷花に詳しく聞いてみた。直ぐに聞きたかったのであろうが、 暫く考えていたようだ。あの日以来、冷花の目線に落ち着きがなく なったことも気に掛かっていたのだ。 母「何か見えるの。瞳が動いてるわ」 冷花「見えないから落ち着かないのよ。母さんは妖精が見えるので しょ」 母「どれだけ見えてるのか分からないけれどね。そう云えば御父さ んは、曇の日だったら何となく見える。って言ってたわよ」 冷花「お天気によって違うんだ。明るかったら見えないのかな。で も、妖精って色々居てるんでしょ。今まで、どんなの見たか教えて よ。そう云えば浮気伝にも妖精が出てきてたんでしょ。冷花は御話 イッパイ聞いたけど、妖精とか神様とか考えていなかったな。母さ んの話を聞いて楽しいだけだったから」 冷花が「浮気伝」と言ったところで、甲子(かし)は目を輝かした 。其れに気付いた冷花は「母さん、目が大きくなったけど。 何か私の傍(そば)に居てるの」と、自分の周りを見回(まわ) した。甲子は少し微笑んで「いいえ、何も居ないわよ。 私の目が大きくなったのはね。あなたが浮気伝っていったからなの 。ところで冷花、夢に小さな御人形(おにんぎょう)のような子供 が現れたって言ってたでしょ。どんな感じの子供だった」 母から夢のことを聞かれた冷花は、数分間、 目を閉じて思い出していた。「変な服を着ていたな。臍(へそ) が見えていて、手の袖か短かかった。髪の毛は冷花と似ていた。 それから、話し方は大人みたいだった」冷花が言ったのは其れだけ だったが、甲子は其れで確信出来た。「きっと、 その子が私に御話を伝えてくれてるのだわ」それを聞いた冷花は何を 思ったのか、自分の臍を出して「こんな形の臍だったよ」と、 周りを押さえて変形させた。すると母も臍をだして、 冷花の真似をした。それから暫く、母と娘(こ)の「臍出し談話」 が続いたが、甲子は急に目を輝かした。それを見た冷花は、母がふ ざけたのだと思い「母さん、また目が大きくなったよ」と言って、 大笑いした。しかし甲子は真面目な顔をして「星名女さんだったら 、妖精のことを詳しく知っているのじゃないかな」と言った。する と次の日、何故か星名女が尋ねてきた。

冷花伝 #062 鹿島神宮の要石

  武甕槌(たけみかづち)を祭神とする鹿島神宮には「要石(かなめ いし)信仰」がある。要石の役割は「地震を起こす大鯰(おおなま ず)」の頭を押さえて封じることだ。承知の通り日本は地震大国で ある。ところで現代科学ではプレートテクトニクス説と言って「地 球表面は十数枚の大きな石畳で覆われている」と信じられている。 尊霊界の科学者からすれば「そんな馬鹿な」と云う話なのだが、 今のところ口(くち)を合わせておくのが賢明だ。そこで、 土地の下方(かほう)は「板っぽい」と覚えておく。 例えばユーラシア大陸の下は大俎(おおまないた)なので、 大龍神の石畳に最適だ。此処で地震の話をするのは「 尊霊界の危機」との関連である。尊霊界の生立ちを思い出して欲し い。第五の傍(そば)で構築されて行った世界だ。だから「隣景( りんけい)」と言うことも既に述べている。 ところで地震のイメージだが、轟音(ごうおん) と云うのはどうだろうか。それを安定させるのが鎮星の音、 即ち納音(なっちん)である。大地を叩くのが太陽の光棒、 ドラムのスティックのようなものだ。さて連妖が発するのは怪音( かいおん)であって納音のハーモニアを剥がしてしまう。第五と隣 景が怪音によって剥がれようとすると、崩壊の危機に遭うのは尊霊 界だ。第五は硬い、つまり縛力が強いので崩れにくい。 ところが隣景の異常は、やがて地球内の流縛部を揺さぶって石畳が 震える。何が言いたいのかと云うと、第五で大地震が起きれば、そ の前に尊霊界が壊れているのである。第六は人の念積によって形成 されている。連妖も然りである。当然、架族魚(かぞくぎょ) も同じだ。その架族魚が連妖に呑まれたのを、甲子は目撃した。し かし厳密には、呑み込まれたのではない。入って行ったのである。 架族魚の形態は「鯰」になって石畳に座る。 場合によっては人型になって人と話す。連妖の中を駆ければ太刀魚 のように成る。甲子の証言によると、連妖に呑み込まれる直前は人 型に見えたそうだ。そして「行ってまいります」 と掛け声のような口調で言ったそうだ。どうやら架族魚には、 連妖を鎮める働きがあるようだ。それでは冷花伝の設定を話そう。 鯰は地震を起こすのではなく、地震を抑えようとして暴れているの だ。要石は、鯰の動きを補佐する押石(おうせき)なのである。 要石信仰とは、祈りによ...

冷花伝 #061 連妖と龍神

第六龍神に慣れたところで、冷花を訪問する第六龍神を紹介してお く。名は架族魚(かぞくぎょ)と云い、太刀魚(たちうお)のよう で頭が龍の形をしている。龍の形とは、一般的に絵師が描くような 顔である。但し、妖精なので変化(へんげ)する。 太くなることもあるし、人型(ひとがた)になることもある。 冷花には見えないが、声は聞こえるような気がするそうだ。 作者にも見えないが、聞くところによると鯰(なまず) のようにも見えるそうだ。作者の推測では、 早く動くときは太刀魚のようで、静止して頭(こうべ) を垂れれば鯰になる。人に語ろうと欲(ほっ)すれば人型になるの だと思う。妖精とは其の様なもので、念の動きによって形を顕すの である。それでは何故、第六龍神が冷花を訪問するのだろうか。 理由はやはり「昴女の噂」と関係があるのだが、冷花の夢枕に立っ た小さな子供が連れてきたのである。この子供が浮気伝に象徴され る浮気童子(うきどうじ)である。冷花は母の語りで浮気伝に親し んできた。ある日、母が石畳の上に乗っている鯰を見た。 直ぐに冷花に伝えたら、冷花は思い立って尊霊に伝えた。すると奇 妙な音が鳴り出して地震が起きた。そして連妖が現れ、鯰を飲み込 んだように見えた。冷花は気配を感じただけだが、甲子は其の様子 を鮮明に目撃した。

冷花伝 #060 第六龍神

妖精界のことを「第六神相法界(だいろくしんそうほっかい)」と 呼んでいる。御存知の読者も多いと思うが、簡単に説明しておく。 作者の学風では、宇宙を数字で理解している。始りが「第一( いち)神相法界」で、元始言霊(げんしげんれい)を意味する。 次が「第二(に)神相法界」で、時間と空間の分離を意味する。 その次が「第三(さん)神相法界」で、時空に意思が現れる「 宇宙創造神(うちゅうそうぞうしん)」の世界である。 そして次が「第四(よん)神相法界」で、 我々が神界と呼ぶ世界である。最後が人間界で「第五(ご) 神相法界」なのであるが、人間が創造した妖精界を「 第六神相法界」と呼ぶことにした。普段は、第一、第二、第三、 第四、第五、第六、と略して云うことが多い。 それでは本題に入る。妖精界は第六であるから、妖精界の龍神を「 第六龍神」と言う。言葉とは面白いもので、言い方を変えると、同 じものでも見え方が変わってくる。例えば「妖精界の龍神」と「第 六龍神」とを比べれば印象が違う。ところが此処に巧妙な工夫が在 るのだ。実際に「第六龍神」にも色々あって「 呼称から受ける印象」に依って識別する。詳しくは逐次話すとして 、石畳は第六龍神の杭(くい)である。杭とは龍神が爪を置く踏場 (ふみば)であって、我々が踏む「飛石」のようなものだ。 第六は地面が柔らかいのが普通だ。だから石畳が、 龍神の踏場になってくれる。冷花の周辺に石畳が現れたのは、第六 龍神の来訪に備えた動きなのである。そして大切なことを覚えてお いて欲しい。冷花は第六を観るのが苦手である。ところが両親には 第六が見える。

冷花伝 #059 石畳

この話は、仙町録にも音象詩にも、書いていない。冷花11歳の「 ある日」の出来事である。家の裏に在る「石畳(いしだたみ)」の こと。冷花が母に聞いた。「平(ひら)たい石が並んでいるけど何 するの」甲子(かし)は「えっ」と思って石畳を見た。そして「 こんなの在ったかしら」と首を傾(かし)げた。 そんな母の様子を見て、冷花は「昨日は無かったよ。母さんが作っ たのかと思った」と不思議がることもない。誰かが置いたには違い ないだろうが、一晩で作るには大き過ぎる。一刻ほどして、 父が仕事から帰ってきた。冷花は全く同じ言葉で聞いた。「平たい 石が並んでいるけど何するの」速凄(はずさ)は「あれっ」と言っ て、暫く見つめていた。その父の様子を見て、冷花は「昨日は無か ったよ。父さんが作ったのかと思った」と楽しそうに言った。 読者はもう分かったと思うが、この石畳は冷花が作ったのである。 厳密に云えば冷花が作らせたのであるが、其れを話す前に言ってお きたいことがある。本段から父の名を明かすことにした。そろそろ 出雲族の話題を織り込むからだ。別に隠していた訳ではなく、単に 作者の趣向だと思っていただきたい。それでは石畳の話に戻す。 昨晩、冷花は就寝して間もなく夢を見た。 但し一般的な夢ではなく、妖精の訪問を受けた。その妖精が「 石畳」なのである。冷花のように尊霊界が良く見える者は、妖精界 を観るのは不得意だ。それで石畳は夢を利用した。因みに石畳の正 式名は「杭亀(くいかめ)」と云う。正式名と云うのは田端刃( たづまは)が呼称する象名で、連妖(れんよう)に対する雲羅華( くもらげ)のようなものだ。夢に御人形(おにんぎょう) のように小さな子供が現れて「明日、お母さんと家の裏に行って聞 いて欲しいのです。平たい石が並んでいるけど何するの。って。冷 花には見えていないけど、見えているように言って欲しいのです。 それで、お母さんに見えているかどうかを確かめるのです。見えて いるようだったら、昨日は無かったよ。母さんが作ったのかと思っ た。って言って欲しいのです。そして、お父さんにも同じことを言 って欲しいのです。裏には此の子が来ているのです」そう言って指 差したところを見ると大きな亀が居た。冷花は「面白そう」 と思いながら夢の中で目を閉じた。

冷花伝 #058 落界の神

重要な尊霊と云えば、筆頭に「蘇支」を挙げる読者も居(お)られ るだろう。蘇支は、冷花と積龍神との通架役だ。出雲にも随行して いる。その後も冷花に付き纏い「今まで有難う」と、 冷花から三度(みたび)も「さよなら」を言われたが、去らなかっ た。理由は何故か言わない。しかし冷花の師匠には見破られている 。但し芳雅の語りは先になる。それで読者には辛抱強く待っていた だくことにして、蘇支が文刈(もんかり) だったことを思い出して欲しい。文刈は歴史学者のようなものだが 公職の文官ではないことも述べてある。さて本段は、 そこのところを詳しく語らなければならない。そこで先ず、 尊霊界の経歴には概ね二(ふた)通りあったことを思い出して欲し い。一つ目は繰糸落(そうしらく)、 上の神界から落ちて来た神が形成した界である。二つ目は引糸登( いんしとう)、人間が昇界して形成した界である。此処で読者がシ ッカリ覚えなければならないのが、菜田の尊霊界は繰糸落だったこ と。つまり以前は積龍神が屯(たむろ)する階層と同じ「上神界」 だったのである。そして重要なのが「落ちてきたからには、念積様 は人間的になっている」と云う事実だ。ところが「上の神界から来 た」ことだけは事実なので、其れを振りかざす。そこで冷花に「 菜田には幽霊が沢山居って威張っている」と言われるのである。 現実は威張るどころでは無い。人間界の知識がないから、 尊霊としては未熟なのだ。だから文官には就けないのである。 よって蘇支は文刈なのだ。ところが積龍神にしてみれば、元は同階 層の神なので意思疎通が容易(たやす)い。それで冷花との通架役 に選んだのである。それが冷花十歳の卯月、彼女に一大転機を齎( もたら)したのだ。

冷花伝 #057 一族の結束

彼(かの)空海が入唐を果たし、密教を日本へ持ち帰った。それは 佐伯氏の後押しがあったからである。如何なる天才であっても、 単身だけでは偉大な事業は成せない。要するに「一族の結束」 が行われている。千年単位が「暦神の結束」ならば、「 一族の結束」は百年単位である。或いは、血縁関係がある一族で行 われる結束とも定義できる。もちろん色んな結束様( けっそくよう)があるだろうが、此の二種を知っておくと把握しや すいはずだ。ところで末目彦の働きは、 母との結束によって偉大な働きをする。それでは、 冷花の一族を考えてみよう。冷花の出生は嗜乃津(たしなず) であるが、母の里は為津(なしず)村である。仙町録によれば、 その地に居った占星術師が冷花の高祖父になる。読者は御承知の汝 我(じょが)であるが、音象詩には「冷花の祖父」と書いてある。 若し祖父であれば、甲子の父と云うことだ。何れが正しいかは検証 の機会を待つとして、此処で言いたいのは、汝我を筆頭にした「 一族の結束」が冷花を世に送ったと云うことだ。末目彦が「冷花が 尊霊界の危機を救うかもしれない」と期待していたことと、汝我一 族の動きは一致する。そこで危機の原因が「連妖の放つ怪音」 だったことを思い出して欲しい。そして内海に在る水壁の発生は、 運航する船に原因があった。最初に汝我を紹介した折、 現在の占星術師とは違うことを告げた。其の実、 汝我の就いていた官職の役目は、船の運航を監視することなのであ る。

冷花伝 #056 末目彦の使命

  冷花を囲む重要尊霊の一人「末目彦」について復習をしよう。末目 彦は、嗜乃津の尊霊界に危機が迫っていることに気付いた尊霊であ る。そして冷花が、 尊霊界の危機を救う為に生まれてきたと考える。人としての末目彦 は浪速で産まれ、浪速で育った。母は明如(あかりも) と云う名で豪商だったが、ある仙人から不老を買って「桜巫女( さくらみこ)」と鳴る。ここで大事なのは「不老を買ったという話 」である。その真偽を検証する気はないが「其処では神界との取引 が行われた」と音象詩には書かれている。母は「 我には使命が在る」と言いながら、仙人から受けてきた一部始終を 末目彦に語っていた。母の教えと行動に感銘した末目彦は、地域の 為に尽くして尊霊に成る。母が言っていた使命とは「浪速が日本国 を支える大役を担う地である故に、整備せねばならぬ」 と云うことだった。尊霊に成った末目彦は住吉の神に導かれて嗜乃 津に就いた。因みに末目彦には妻がおって一男二女を授かっている 。妻の出生(でしょう)が補芽野(ほめの)で、熱心な「生田( いくた)様の信仰者」だった。 補芽野とは現在の生田神社兵庫宮の辺りで、菜田(なた) の近隣である。ところで読者諸氏は「生田様が天照(あまてらす) 様の和魂(にぎみたま)」だと伝えられているのを御存知だろうか 。神社の由緒に書いてあるから有名な話ではあるが、冷花伝の設定 では「和魂の働きをされる方である」と覚えていただこう。 そこで「末目彦の使命」であるが、其れは「生田様が行う和魂の働 きを行う要員」と決めておこう。