星名女がやって来た。「甲子(かし)様、私に御用があると察して、参りました」甲子は驚きもせず「盆架水(ぼんかすい)」を用意して星名女を迎えた。星名女が椀を手に取り、一口飲んで話し始めたところ、それを観た冷花は、急にケラケラと笑いだした。星名女は其れを気にかけながらも話し始めた。「甲子様が、私を御呼びになったような気がしました」と、口調としては丁寧だが(私は何でも知っています)とばかりの気位(きぐらい)だった。冷花は笑いを堪(こら)えながら、口を閉じていた。甲子は星名女への敬意を込めて「昨日、星名女さんのことを考えていたのです。最近、妖精界の激景(げっけい)とも思えるものを見たのですが、冷花が見た夢に関係があるようなのです。私にとっては、冷花を産んでからの経験なので」と、浮気伝に纏わることを話した。そして最後に、「星名女さんだったら、妖精のことを詳しく知っているのじゃないかなと冷花に言ったのです。すると星名女さんが来られたので、天耳(てんに)でしょうか。有り難く感じます」と、締め括った。天耳と云う言葉が心地良かったのか、星名女は「私は冷花さんの御生まれから見守っております。とうぜん甲子様の心中も常に伺っております。故に通じたものと思われます」と、親しみを込めて語った。何故か冷花は、真面目に聞いていた。そして「小母さんが来たのは偶然だと思っていたの。でもさ、昨日は龍神が冷花を見ていたんだ。母さんと臍の話をしていた時、母さんの素女(そめ)が白く光った。たぶん龍神には其れが分かったんじゃないかな。浮気伝に、龍神が近くに居ると素女が光るって御話があったから」と話した。素女とは臍下(へそのした)の幼児語である。丹田を表すこともあれば女性器を示すこともある。ところで甲子が架族魚(かぞくぎょ)を目撃した時、素女が光っていたはずだ。但し、可視光線を放つと云う意味ではなく、素女から陽気が発散するのである。現代的な言い方ならば、龍神のエネルギーに身体が共振しているのである。冷花は最初、星名女の来訪は偶然と思っていた。しかし偶然ではないと思い直したのは、星名女が近くに居て母と冷花を観察していたと考えたからである。実は音象詩に、こんな記述がある。
音象詩 第八章「龍神学への誘い」嗜乃津(たしなず)は特別な地である。冷花はその地の申し子のようだ。何故か龍神の動揺を感知する。尊霊を仲立ちにして龍神と通じると考えられる。そこに第五と第四の橋が有り、両界龍神の意思が往来する。何となれば連妖の中に龍神の妖精が居って我の動きを感知した。当に第六を観て第四を推すことになる。是ぞ龍神の学びにして、宇宙の示しだろう。何とも意味の分かりにくい文である。本文は更に長文である。作者の推測であるが、冷花が星名女の動きを察した理由の考察である。架族魚が連妖の中を走った折、星名女は其れを感知した。以前に紹介した「音象詩 二章」でも分明なように、星名女は連妖の専門家である。そして連妖の害を知っている。要するに其の日から、連妖調査の為、冷花の近くに居たのである。つまりそれが、冷花にバレたと云うことなのだ。
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