尊霊界が舞台の壮大な話を語っている。しかしこれは冷花と云う女性の物語なのだ。そして冷花は生粋の人間である。だから笑いもすれば泣きもする。当然、怒(おこ)りもする。と云う風に言葉は続くのだが、ここで立ち止まって考えるのが、冷花伝の面白さなのだ。更に度々(たびたび)話す「尊霊が怖がる理由」を具(つぶさ)に紹介すること。それが作者が担っている最も重大な使命である。それでは先ず「女の子」としての冷花を観てみよう。再び仙女の舟会(ふなえ)がやって来た時、冷花十歳の誕生日であった。そして「冷花さんは好きな男子(おのこ)がおるのですか」と言ったのを思い出して欲しい。舟会は冷花の話す内容から察したようだが、冷花は目を顰(しか)めて「そんな者はいないよ」と否定をした。それまでの会話を詳しく語りはしないが、舟会は二百歳を越える仙女である。冷花流の言い方をすれば「女を二百年もやっている」のである。そんな舟会が、態々(わざわざ)出した話題であるから意味がある。成行はこうだ。自分が昴女だと言われることで注目(ちゅうもく)されている。その「注目される」ことから話が逸(そ)れて、冷花が「注目される男子(おのこ)」について話し始めたのである。ここで重要なのは、その話に舟会が大いに感心したことである。冷花は汝我の血筋であって、占星術師の家柄で育った。だから幼少より占星術に触れている。つまり、自然に身についている占学思想が男子を語る要素になっているのだ。九歳になったばかりの少女が、熱く語る異性へ贈る言葉。其処には、普通の女の子も居た。
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