冷花伝 #022 積龍神の囁き
両親は赤子の口元を観て、多くを考えた。そして父は祈り始めた。因みに嗜乃津(たしなず)は信仰対象に困らない地域だった。不思議な話は蔓延していたのだが、娘の様子は独特である。そこで父は、自分が幼い頃、祖母から聞いた龍神の伝えを思い出したのだ。その日は特定出来ないが、冷花は生後八カ月にはなっていた。父は、甲子の口癖を真似てみた。「父には何も分からないが、御前は大切な事をする為に生まれてきたのだね」すると応えてくれたような気がした。口元の動きは「めしゃに」と三回繰り返したようだった。この「めしゃに」が龍神と云う意味で、本当に冷花が「めしゃに」と言ったのかは疑問である。恐らく祖母から聞いた龍神の記憶が、その解釈を導いたのだろう。しかし其れは問題ではない。祈り始める切っ掛けになった。誰に頼ることもなく、父は自分で祈り始めたのである。祈り始めて三日目、積龍神が現れた。此処で種明かしをしておくが、父が天才的な霊能者だからではない。冷花の様子を伺う為、常に積龍神は待機していたのだ。しかし伝える手段に困った。積龍神からは父の想いが分かるのだが、父は積龍神の言葉を聞くことが出来ない。そこで積龍神は尊霊の一人に囁いた。「父の想いは聞こえておる。ただ職位に従え」職位とは、今の職を意味する。要は「日常を健気に歩めば良い」と云う意味である。その頃、尊霊界では「昴女の降臨」が噂され始めていた。
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