冷花伝 #029 浮気伝
冷花にとっての浮気伝は、子守歌のようなものだった。母は唄うように浮気伝を語ってきたのである。因みに、芽込羅(めこめら)の話は其の中の一話に過ぎないが、冷花の幼少期に最も影響を与えた物語である。もちろん裏で尊霊界が騒いでいることも其の要員とも云える。浮気伝に登場する昴女は「童女で背が低い」これが冷花をして「私じゃない」と云わせる決め手になる。考えてみれば、今の冷花と比べるのも変な話である。しかし冷花の思考では「自分の魂が芽込羅だったら背が低い」と思い込んでいる。もちろん此れには一理ある。その理については後に、冷花自身が語ってくれるだろう。ところで冷花は、決して大女(おおおんな)ではないが、背が伸びるのが早かった。そして母より少し高くなったところで止まった。自分の声は甲高(かんだか)くないし、眼も乙鳥(おっとり)はしていない。それに「男子(おのこ)に興味がない」と嫌(いや)に強調する。現実に男女には関係なく、楽しく遊んでいる。それに浮気伝の芽込羅は、男を助けると云うニュアンスで伝えられている。その助け方が冷花にとっては不思議だった。要するに「自分はそんな事はしない」と思う。但し此れは成長期の冷花であって、成人してからは一変することになる。それに舟会の影響もあった。二度目の来訪以来、毎季にやって来ては男の話をする。その内容を一言で言うと「男が生きて行けるのは女の力なのです」である。もちろん仙女故に、生命の原理から語っているのであって、色恋(いろこい)の話ではない。その原理は「昴女が帥升に勢いを与えた」ことの裏付けでもある。その点については、冉族の伝えも、浮気伝も、共通している。それでは浮気とは如何なる者なのか。分かり易い表現をすれば、昴女の男版(おとこばん)である。昴女との違いは、活動記録が一切ない。つまり浮気と云う人物の活動記録ではなく、浮気から聞いた言葉集だ。その様な意味では仏典に似ている。興味深いことに、冉族の伝えに由れば「浮気は少名彦の御先祖様」となっている。少名彦は日本神話で御馴染みの神名であるし、童話に出てくる「一寸法師」でもある。
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