冷花伝 #033 城島の幽霊

舟会の涙には概ね二通(ふたとお)りの理由があった。一つは人生最大の驚きだったこと。もう一つは冷花に逢えたことの喜びを感じたこと。それでは何を驚いたのか、冷花が語った尊霊界の実態である。自分の無知にも驚いたのかもしれないが、甲子(かし)の学識に驚愕したのである。たった二カ月で、十歳の子供に是(これ)だけのことを教え込んだ事実。ところが其れには裏がある。突然(いきなり)だが絡繰(からくり)を話そう。冷花が尊霊に注目される理由は二つ在った。一つは「嗜乃津(たしなず)の尊霊界を救う為に生まれてきた」と期待されたこと。もう一つは「昴女が降りてきた」と噂されたこと。そして作者が注意した通り、此の二つは別ものである。ところが冉(なみ)族にとっては、この二つに繋がりがある。冷花が未だ胎児で在った時期、尊霊の末目彦は「嗜乃津の尊霊界を救う為」に奮闘していた。冷花が一歳になった辰月の十五日、末目彦と仲間の尊霊方(そんれいがた)は水壁(みずかべ)の方向に大龍神を目撃した。それを吉祥と思い「これで危機から脱出出来るかもしれない」と希望を抱(いだ)いたのである。そして末目彦は、水壁(みずかべ)を渡って菜田(なた)へ、解決策を求めて向かったのであった。ところで前回これを述べた折「末目彦は旅立った」と表現したのを覚えておるだろうか。これは単なる文学的嗜好(しこう)ではなく、現実を描写したのである。水壁に向かった末目彦は、水壁に押し寄せられて弾かれてしまう。そして、縛力が異常な尊霊界へ落ちてしまった。そこには、尊霊らしき者が沢山居て、言葉も通じる。「私は菜田に向かっているのですが」と、目的を話しても「分からない」と返ってくるばかりだった。そして恐らく一週間ほど彷徨い、縛力が安定している処を見付けた。そして髪の長い老婆に出遭(あ)い、ここが城島(きじま)だと聞いた。

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