冷花伝 #036 昴女の記憶
ここで末目彦と老婆の話を中断して、冷花十歳の未月13日へ話を戻そう。冷花と舟会は屋内で話した後、二人で外を散歩した。舟会にすれば「御暇(おいとま)します」と甲子に告げたから、帰るつもりで外へ出たのである。それを冷花が追いかけたと云う訳だ。「小母さん、龍神の話を聞かないの」と駆け寄り、並んで歩いた。大きな歩幅で歩いていた舟会の足取りが緩(ゆる)んだ。冷花の歩幅に合わせたのである。冉族の仙女にとって「相手に歩幅を合わせると云うこと」は、其の人を敬っていることになる。「ありがとう冷花さん。来月も来るから、その時に教えてくださいね」冷花は不思議そうな顔をして「どうしてなの。急いで帰る用事でもあるの」と返した。「これは上の神様の話だから、姿勢を正して聞きたいのです。泣いてしまった後だしね」冷花は更に首を傾(かし)げて「泣いたら神様に失礼なの」と言った。「私もね、冷花さんと同じで、母から色んなことを教えてもらいました。その中でね、子供心に深く残っている言葉があるのです。それは、神様の前で泣いてはいけない。って事なのです」ここまで聞いて、冷花は「私の話を聞くだけでしょ。冷花は人間なのに」と口を挟んだ。一呼吸を入れて舟会は足を止め、冷花の方を向いた。そして「ええ、分かっています。でも、子供の頃からの想いだから」と微笑みながら答えた。それに対して冷花は「小母さん仙女でしょ。そんな事を気にしなくなったら、もっと凄くなれると思うけど。神様の前で泣いたらいけない理由は何(なん)なの」との質問。舟会には答える言葉が無かった。上手く説明が出来ないからだ。だから黙ってしまった。それを観て、冷花は全く理解出来ない。でも何かを察したのか「また会えるのを楽しみにしているね」と言うなり、冷花は振り返りもせず、家に向かって駆けて行った。舟会は、冷花が家に入るのを見届けてから、その場を飛び去った。
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