冷花伝 #037 龍神の関与
冷花十歳の申月17日、舟会がやってきた。仙女としては凄腕(すごうで)の舟会が、十歳の子供から神界の話を聞く為にやってきた。とうぜん益々、冷花を昴女と思い込んでも仕方がない。それでは尊霊界の危機を救った龍神の話を聞いてみよう。舟会がやって来た時、甲子(かし)は畑で収穫をしていた。星神(ほしがみ)に供える野菜を採っていたのだ。舟会の来訪に気付いた母は、娘が突然(いきなり)喋り始めないように慌てて家に戻った。たとえ舟会が冷花の話を聞く立場であっても、仙女を御迎えするのだから礼儀作法は必要だ。現在の常識では、着座を促(うなが)してから御茶でも入れる。その頃の嗜乃津(たしなず)では、入屋(にゅうおく)を引率する際に「盆架水(ぼんかすい)」を差し出す。「盆架水」とは「お盆に載せた水」であるが、神仏に供える閼伽水(あかすい)のようなものだ。要するに、玄関若しくは入屋した場で、水を差し出すのである。舟会も作法どおり、手に閼伽椀(あかわん)を取って軽く会釈してから盆へ戻した。そして着座。案の定、冷花は早速(さっそく)喋り始めた。「龍神はね、尊霊界が不安定になると困るって言ってた。人間とか尊霊を助けるのではなくて、龍神が動くのに不安定な尊霊界が在ると遣(や)りにくいそうなの。でも嗜乃津では、一所懸命に祈願をした尊霊がいて、その願いを聞き入れたの。どうせ遣らないといけないことをしたんだけど。感謝されてるのだから、龍神は良かったね。嗜乃津の尊霊界は海に繋がっていて、海に入った際(きわ)の海岸沿いに妖精界が連なっていたそうなの。その端が城島でね、城島から緩(ゆる)い波のように嗜乃津まで押し寄せてきた。その緩い波は百年以上かけて此処まで来たんだって。龍神は尻尾(しっぽ)で繋がっている部分を切った。ただ其れだけだって。繋がる妖精界は四角(しかく)い海月(くらげ)のような象(かたち)でね、生まれる時は一つ一つだけど、近くの仲間と引きあって、完全に繋がると、中に道が出来るそうなの。元になった想いは、船に乗って荷物を運んだり、戦ったりしてきた人達の念みたい」熱心に喋る冷花を見つめていた甲子は、自分の知らない事を話す冷花に驚いた。舟会は、冷花の一言一句(いちごんいっく)に集中していた。
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