冷花伝 #052 記録と置文

冷花伝の資料は、菜田(なた)の仙町録(せんちょうろく)が主であるが、これは既述の通り尊霊界の記録(きろく)である。特徴は年代が正確に記(しる)されていることだ。それに対して、仙女が残した音象詩(おんしょうし)は置文(おきふみ)である。作者が初めて閲覧したのは嗜乃津(たしなず)の尊霊界であるが、同書を他界で見たこともある。特徴は「何かを解説している」ことが多く、年代に関しては曖昧(あいまい)である。音象詩を複数界に置いている目的は、星名女本人にしか分からない。作者の推測では、師匠からの指示だと思われる。ついでに、星名女が師と仰ぐ龍子舞(ろこまい)について述べておく。龍子舞には弟子と云う概念がない。友人に「知っていることを教える」と云った感覚のようだ。そして気になるのが浮気伝(うきでん)である。冷花が子守歌のように聞いていた物語であるが、これは杭掛(くいかけ)と云う特殊な方法で保管されている。謂(い)わば個人の記憶である。人の魂と身体を接合している部分には四カ所あって、それを四杭(しこう)と云う。その四抗の一つに、直接伝授される。まるで夢の「御告げ」のように、ある時露(あら)われて記憶の一部になる。転生しても記憶は引き継がれる。魂の記憶でもなく、頭の記憶でもない。四抗に掛けられた資料なのである。冷花の母は「前世から杭掛」を蓄えてきたと思われる。例えるならば「魂の首に掛けた記憶素子」のようなものだ。そう云えば、冷花が母に、浮気伝について聞いたことがあった。


冷花「母さんは御話を誰に聞いたの」

甲子「誰にも聞いてないのですが、まるで昔に聞いたことを思いだすような感じなのです。当り前のように知っていると云うか」

冷花「前に浮気伝って言っていたけど、御話が書いてある書物なの

甲子「浮いている気持ちが言葉になるから、そう呼んでいるそうです。でも私は、語り掛けてくる方の名だと思います」

冷花「母さんは自分で御話を聞くの」

甲子「冷花に話そうとすると思い出します。だから冷花のための御話かもね」

この会話が何歳(いつ)の頃かは分からないが、恐らく冷花九歳の寅月だと思われる。

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