冷花伝 #053 母の口元

幼少の記憶は曖昧なものが多い。そして其の一部は「心の栄養」のようなものだ。成長するための栄養は目に見えるものではなく、自然と身体が吸収する。上手く表現出来ないので、やや抽象的に書いてしまった。これには訳があって「目で見た冷花の記憶」を浮き立たせる為である。母が御話を語るとき、子供は何処を見ているのだろうか。作者が思うに、赤子が何かを観(み)始めた頃は「虚空」を眺めている。実際には眼前の空(くう)を見つめているのだろうが、赤子にとっての其れは「虚空」なのである。軈(やが)て現実に焦点(しょうてん)が合い始めると、概ね「人の顔」が現れる。冷花の場合、それは甲子(かし)の顔であった。とうぜん母以外の人も現れてくる。赤子を見守る人達であろう。そして此処からは、仙町録を其の儘(まま)引用する。


仙町録「冷花十七段」より
胎児の発声から沈黙は続いていたようだが、冷花は和魂(にぎみたま)が強い。それで上神界(じょうしんかい)との通架が可能のようだ。尊霊界を通さずの加矢であって、我々には聞こえぬ。誕生して一年までは胎児のようであり、一歳辰月に入って母を正確に捉えている。言葉は発しないが明らかに聞く耳は持っている。耳は幸魂を主な筌口(うけぐち)としているが、荒魂(あらみたま)が時折に活発となる。恐らく龍神か星神(せいしん)との通架であろう。母を捉えてからは口元(くちもと)に想いを留(とめ)、其の様(さま)を成しては前世と繋がっていると考えられる。確証はないが上神界からの杭掛(くいかけ)であろう。ならば明らかに母を通じての伝達である。甲子(かし)の幸魂、若しくは荒魂に課せられた杭掛である。

仙町録に在る「胎児の発声」について思い出して欲しい。「甲子が身籠ってから複数の尊霊が、熱心に胎児の冷花に話しかけた」と云う事実である。その尊霊の中で、最も熱心だったのが末目彦(まつめひこ)と云う尊霊だった。末目彦は甲子が身籠って一月経過したあたりから三週間、毎日欠かさず話しかけていた。そして得た言葉は一言「煩(うるさ)い黙(だま)れ」と言う発声だった。文中の「加矢」とは現代語の「通信」とほぼ同義である。此処で重要なのは「浮気伝」について、尊霊界が早くから気付き始めていたことだ。それから年齢の数え方であるが、昔から「数え年」と「満年齢」の両方が使われている。作者が知る限り、尊霊界では「満年齢」を使っている。

コメント

このブログの人気の投稿

鯉冥士の天文学(JT 11:49/19/10/2022 三蔵)