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冷花伝 資料整理の御知らせ

#048 までが「冷花の出生から積龍神との通架」までの(序章)にあたります。次章からは、十七歳に出逢う女性の話が中心になります。恐らく読者の皆さんは、登場者を完全に把握出来ていないと思います。それで読みやすくする推敲を果たそうと考えました。今までの原稿をプリントアウトしてみて、整理してみます。その為、十日ほど投稿を休みます。その間、#048 までを再読しておいて頂ければ有難いです。其れに「退魔洞の朗読」を、どの回でも気軽に再生すれば、和魂の活性に役立ちます。   https://www.youtube.com/@ch_taimadou

冷花伝 #048 優しい人

冷花十歳の卯月23日、冷花から蘇支に御願いをした。積(つも)龍神との通架(つうか)を望んだのだ。先ず、前置きの御決まりを述べておく。実際の会話では、一々(いちいち)通架を挟むのだが、此処では作文の短縮を図る為、積龍神と冷花が直接話したかのように記(しる)してある。初回と同じく、先ずは冷花から切り出した。「冷花が怖い女って云うのは、私が尊霊様を怖がらないから。って言ってましたよね。尊霊様を怖がったら、優しい人になれるの。村の皆(みんな)からは優しいって言われてる。それから十七歳に会える人は、冷花よりも優しいのでしょ。でも怖いって言ってたでしょ。だから冷花は十七歳になる前に、その人よりも優しい人に鳴っておきたいの。どうすれが良(い)いかな」今回の口調は子供らしく可愛いかった。龍神は最初、冷花が何を言っているのか理解出来なかった。それで暫く無言だったが、言わんとしている意味を推測して、緩やかに語り始めた。「冷花が怖い女でなくなったら、大事な使命を果たせない。だから怖いままでないといけないのだ。尊霊は神の立場で人間と同じ想いを持っている。人間の気持ちを理解してくれる神故に、連妖を強くしてしまう。それが尊霊界を不安定にするのだ。でも冷花は、そんな尊霊に物申すことが出来るのだ。だから、そのままであって欲しいのだ」冷花は変な顔をして「思ったことを伝えれば良(い)いんでしょ」と返した。これで龍神は正確に理解して冷花に言った「相手が神だったら、普通は自分の考えを下げてしまうのだ。神だから偉いと思い込んでしまっているからな」その言葉で冷花はフト思った。「そうだ、人間同士と、人間と神様では違うんだ。冷花は他(ほか)の人間に優しくすれば良(い)い。神様に怖がられても構わない」と納得したようだった。そこで積龍神は「とにかく冷花は、昔も今も、そのままで良(よ)い」と念を押した。その様子を観ていた母は、会話が聞こえずとも内容が理解できた。ところで通架していた蘇支だが、冷花さえ納得すれば良いのだ。と、考えていた。そして自分が質問されたら困る。とも思っていた。幸い蘇支は、質問されなかった。やはり冷花は、尊霊に怖がられているようだ。

冷花伝 #047 弓鳴りの共振

今回は大昔の話をしよう。と云っても人間は既に居る。冷花は鎌倉時代の女だが、魂ならば大昔にも居る。そして前世ともなれば、人間として生きている訳だ。神々と人間の交流が頻繁だった時代、一部の龍神族も人間と交流を深めた。積(つも)龍神が冷花を守護する経緯も、その大昔から始まっている。帥升(すいしょう)と昴女が出逢う千年以上前、人の念積が絡み合って多くの連妖が発生してきた。当然そのころ既(すで)に、大陸と日本列島とは海で隔たれていた。ところが連妖の路は残っていたのだ。つまり連妖の内部を辿って行けば、日本列島と大陸が往来できたのである。もちろん普通(ふつう)の人間は通れないのだが、特殊な仙人や尊霊なら通れる。連妖は妖精界が連なったものだから、当然のことながら魔物も往来する。さて、尊霊界が異常に発達した地域を考えてみよう。日本列島では富士山周辺、身近な外国ではアフガニスタンあたり。この2カ所が橋台(きょうだい)となって、連妖による大吊橋が形成された。日本神話に在る、伊奘冉(いざなみ)が黄泉国へ行った通路である。この大吊橋を以後、黄泉路(よみじ)と呼ぶことにする。日本側の黄泉路門は富士尊霊界に締縛されている。言い方を変えれば、黄泉国の入口は富士山に在るのだ。やや複雑な話ではあるが、日本神話に富士山を登場させない理由の第一原因だと思っていただきたい。ところで此の話は、冷花伝を語る上での基礎知識である。そして星名女が音象詩に記している「弓鳴り」が重要になってくる。黄泉路は長く大きい。そして、その発する「弓鳴り」は共振を齎(もたら)し、地球に棲息する生物を脅かし始めた。しかし積龍神は人間と協力して「弓鳴りの共振」を防いだ。何千年も昔のことだ。

冷花伝 #046 怖い女

冷花十歳の卯月16日、蘇支(そし)からの話があって早速、積(つも)龍神との通架(つうか)が始まった。実際の会話では、一々(いちいち)通架を挟むのだが、作文の短縮を図る為、積龍神と冷花が直接話したかのように記(しる)しておく。先ずは冷花の方から「龍神様が子供の私に何(なん)の用があるの」と切り出した。龍神は的確に「子供の今に話しておかねばならぬことだ。御前(おまえ)が大人になる前に出会わねばならぬ人が居るから、告げにきたのだ」冷花は素直に聞いたが、ふと思ったのか「それは大人なの」と不思議そうに言った。冷花は村の子供たちと仲良く遊んでいるし、皆からも好かれている。ところが最近、話が合わなくなってきたのである。冷花には、普通は見えないものが見える。子供どうしでは其れを語れない。母から「話さないように」と、強いられているからだ。もちろん相手が大人でも云えることだが、子供よりは大人の方が話しやすいはずだ。それで相手が、大人かどうかを聞いた訳だ。龍神は冷花の気持を見透かしたかのように「相手は御前よりも十一年早く生まれておる。しかも尊霊とも話が出来る」と言ってくれた。冷花は嬉しくなって「いつ会うの」と待ち遠しいとばかりに返した。そして「十七歳の辰月である」との言葉に、やや意気消沈したかのように黙ってしまった。龍神は其れを察したのか「城島(きじま)に住む仙女と遭っているではないか。あの舟会(ふなえ)は二百歳くらいの大人(おとな)だ」と宥(なだ)めるかのような念積に乗せて話した。とうぜん周りに大人は沢山いる。だが冷花にしてみれば、話せる友達としての大人を描(えが)いていたわけだ。しかし龍神の気持が通じたのか、機嫌を直して話し始めた。そして「十七歳に遭う人って、怖い」と冗談のつもりで聞いたら、意外な返事だった。「そうだ怖い女だ」と云われた。やや怯(ひる)みかけた冷花だったが、気を取り直して言った「私と、どっちが怖い」すると更に意外な言葉が返ってきた「冷花のほうが怖い」その言葉に冷花は流石(さすが)に驚いた。「どうして冷花が怖いの」と、今度は子供らしい口調になった。近くに居た甲子は冷花の様子を心配して。「龍神様の話が難しいの」と割り込んできた。もちろん母には龍神との会話は聞こえない。しかし甲子の割り込みで空気は変わった。冷花はもう一度気を取り直して「どうして冷花が怖いの。誰が冷花を怖がる...

冷花伝 #045 黄泉国の風

冷花十一歳の辰月19日、舟会がやってきたが、今回の来訪には大きな目的がある。それは冉族の伝説「黄泉国の風」について、冷花の見解を聞くことであった。こんな書き方をすると、十一歳になったばかりの少女に凄い知識があるように見える。確かに結果は其れで良いのだが、十歳の卯月に一大転機が訪れたのである。十歳の卯月と云えば十一歳になる前月であるが、16日、蘇支(そし)が話しかけてきた。「積(つも)龍神様が私に、冷花さんとの通架役をしてくれと言われております」冷花は其れに「何(なん)で」と返したが、蘇支は困った様子で「理由に関しましては、これから判明するかと」と云う具合(ぐあい)に答えた。その反応が面白かったのか、冷花は笑いだした。ここで、今からの話が理解し易(やす)いように復習をしておこう。蘇支は菜田の尊霊で、色んな出来事を記録している文刈(もんかり)である。文刈とは歴史学者のようなものだが公職の文官ではない。そして積龍神は冷花の守護龍神である。積龍神は冷花との会話を欲しているのだが、冷花は人間なので、龍神の声が聞こえにくい。蘇支は尊霊なので、龍神の声が聞こえる。冷花は尊霊との会話が出来る。だから蘇支を挟めば、積龍神と冷花に会話が成立するのだ。それから積龍神が冷花を守護している理由を思い出して欲しい。それは「暦神の結束」を援護する為である。「暦神の結束」とは、昔の仲間が同期転生して事を起こすことである。つまり冷花は、昔の仲間たちとの遭遇を果たさなければならないのだ。それを見守る為に、積龍神は冷花を守護している。それでは冷花は昔、仲間たちと一体何をしたのだろうか。前置きが長くなったが、其れが舟会がやって来た目的「黄泉国の風」に関する事なのである。さて冷花が十歳の卯月に訪れた一大転機とは「積龍神との会話が出来るようになった」ことである。そして冷花にとっては生きる目的が判明したことであり「黄泉国の風」について、積龍神が語り始めたことによる。

冷花伝 #044 守護龍を招く

「目利」の話が出たところで、用語解説をしておこう。星名女に聞かれて思いだした冷花だが、実は何度も聞いている。冷花に語りかけてくる多くの尊霊が口にしていたのだ。それは尊霊界で使う呪文のようなもので、古代印度語に似ているが出処は分からない。正確には「目利他八太(めりたやーた)」と云う。仙町録によれば「目利」が龍神で「八太」が法(ほう)とか術(じゅつ)。「他」は、日本語の「の」に相当する。文法の品詞なら「格助詞」である。意訳すると「龍神の術」だが、簡単な構成であるから分明だ。仙町録には「村に雨が降らぬ季は、龍神を招いて潤いを願うが良い。願文奏上の前後に目利他八太と発するべし。若し龍神を抱える人あれば、是(これ)を以って尊称に語る。幼児なれば、目利と短く掛ければ何かしら応じる」と書かれている。興味深いのは、尊霊が人間を通じて龍神を招くという機序である。尊霊界と人間界は隣り合わせなので、縛力の強い人體を社(やしろ)に見立てているようだ。人の魂には龍神族を出処とする者も存在する故に、そのような作法が有ると思われる。ところで星名女にとっては、尊霊が冷花を「どのように捉えているか」を知りたかったのである。若しも冷花が昴女だったら、和魂(にぎみたま)の働きが強い。星名女の考えは分からないが、和魂の強い者との親密を願っていたように思える。ここで再度、念を押しておくが、尊霊方も星名女も、勘違いしていることがある。それは昴女の定義である。昴女は人間として生まれて来るのではなく、神界から人間界にやって来る。もちろん言葉の使い方には色々ある。しかし冷花伝の中では、此の定義が本物の昴女である。因みに昴女の本神名は「天乃尺法(あめのさくのり)」と云う。

冷花伝 #043 目利の意味

冷花の生きた時代では、飛仙女を見る機会は普通にあった。と云っても、再々ある訳ではない。父も目撃経験はある。母は何度も観ている。恐らく冷花は、十人以上の人から「飛翔する仙人」の話を聞いていたはずだ。それで冷花は興味津々であった。だから「飛行を見せてあげる」と、星名女が承諾したことで、機嫌が良くなったのは当然である。ところで飛行様(ひこうよう)には概ね二様(よう)ある。一様は速さを重要視すること。要するに移動手段であるが、麻姑仙女が最速なのは有名だ。もう一様は飛行舞(まい)である。星名女の師である龍子舞(ろこまい)は、空中に静止する時間が長い。それは、龍神を操る為だと伝えられている。龍子舞が操龍仙女と云われる所以であるが、弟子の星名は旋律に乗って舞う。師から伝授された「鎮星之舞(ちんせいのまい)」である。鎮星とは土星のことで、太陽との掛け合いで「納音(なっちん)」を奏でる。納音には丗様(さんじゅうよう)があって、其々が五行を発する鍾(しょう)の役割を担う。そして鍾を打つのが十種の光棒(こうぼう)である。光棒とは太陽が齎(もたら)す十干(じっかん)のことで「光棒を持って舞う」主に日干を使って舞を選ぶ、よって「十日舞(とおかまい)」と云う。その飛行舞を観て、冷花が大喜びしたのは言うまでもないことだ。そして別れ際に「目利って何(なに)」と質問をした。星名女は畏まって「尊霊界の言葉でね、龍神を従えている相手に云う尊称です」と答えた。冷花は頷いて会釈した。星名女はその様子を観て「この子、やはり目利だな」と呟いた。

冷花伝 #042 飛翔天女の舞

宗教絵画に登場する飛翔天女。絵師の想像によるものだろうか。この冷花伝では、当り前のように登場するのだが、其れは現実である。と云うことで、話を進めることにしよう。冷花が初めて「空を飛ぶ人」を観たのは、十歳の卯月廿五日である。冷花に聞きたいことがあって、星名女がやって来た。その時は先ず、玄関で声を掛けた。「甲子(かし)様、星名が参りました」甲子は慌てて「盆架水(ぼんかすい)」を用意した。星名女は丁寧に椀を手に取り、一口飲んで返した。それを観た冷花は「小母さん、何(なん)か前と違うね。冷花じゃなくて、母さんに会いに来たの」と聞いた。「いいえ冷花さんに会いに来ました。あなたは尊霊様と御話が出来るでしょ。その話を聞きたくてね」冷花には未だ違和感があるようで「小母さんも尊霊と話が出来るんでしょ。聞きたいことがあるんだったら、自分で聞けば」と、冷花は愛想(あいそ)ない返事をした。「私が聞きたいことはね。冷花さんしか答えられません。だから来ました」冷花は遂に怪訝(けげん)な表情になり「なに」と、ぶっきらぼうに言った。「尊霊様は、あなたのことを何(なん)て呼ぶの」ここで冷花は腹立たしく「冷花に決まってるでしょ」と云う。しかし甲子には、星名女の目的が理解出来た。「私が冷花さんを呼ぶ時は、あなた、とか言うでしょ。尊霊様は何て言うの」冷花は不思議そうな顔をしていたが、もしや昴女と関係があるのではと、感づき始めた。「そう云えば、目利(めき)って云われたことがあった。変なこと言うなって思ったけど、単に阿法(あほ)かなと思った。尊霊様って真面目な人ばかりだけど、賢くはないみたいだから」これを聞いた星名女は、目を見開いて「そうですか。ありがとう」と言って帰ろうとした。この行動は星名女らしい。甲子は笑みを浮かべていたが、冷花は「小母さん、もう帰るの。聞くことは其れだけ」と引き留めるように言った。星名女は「はい」と返事をしたが、このまま帰ったら冷花に嫌われるような気がして、思わず「遊ぼうか」と言った。すると冷花は笑顔になって「空を飛ぶところを見せてよ」と御強請(おねだ)りをした。

冷花伝 #041 連妖の生立ち

冷花が連妖(れんよう)について詳しく知ったのは芳雅(ほうが)導士に弟子入りしてからのことだ。但し師匠から教わったのではなく、妹弟子の田端刃(たづまは)が妖精界の探求に特化していたからだ。ところで冷花伝の面白さは各所に在るが、田端刃との遣り取りが熱狂を極める。しかし連妖の生立ちについては、星名女(ほしなめ)が残した記録が分かり易(やす)い。  音象詩 三章「連妖の生立ち」  妖精は人が縛して育む。小生物(こいきもの)も居(お)れば、屋敷の様相もする。普(ふ)は個別に現れ、親に付き纏(まと)い、やがて界を造る。其れらは自立出来ぬ故に、尊霊界に寄せては生き延びる。麗(うるわ)しくも醜(みにく)くも、吾等(われら)の干渉は入れぬもの。しかし連妖に関しては放(ほ)おってはおけない。納音(なっちん)を剥(は)ぐからだ。師、龍子舞(ろこまい)が云うに、男女の結びを狂わす妖怪也。単独ならば害は無い。繋がれば弓鳴りをして雑音を発す。それ怪音にして人の趣向を曲げ、強いては尊霊界に刺さりて潰す。若し尊霊界在って、安寧を崩さんと察すれば連妖の仕業を疑うべし。発生(はっせい)は主に水上の物流と云う。船連なって行くは衝合を避けるに怒鳴り、或いは親愛を交わすに叫ぶ。交易疎通には大声に想いを込め、下船叶えば密かに談を交わす。世に多く観るも、倭国の内海に現れる連妖は堅牢也。鎌先(かまさき)より生じて、戯岸(ざれぎし)に結ぶを水壁(みずかべ)と云うは、嗜乃津(たしなず)尊霊の呼称である。  鎌先とは現代の下関のことだ。此れまでの語りを纏めると、連妖の発生は船の航行から始まる。日本国で最も長い連妖は下関辺りから大阪湾まで連なっていた。念縛の親元(おやもと)は船乗(ふなのり)であって、界の仮締縛は夫々の船。一隻の船を一つの妖精界と思えばよい。船に仮発生した妖精界は短命であるが、田端刃によれば三カ月は壊れないそうだ。壊れる前に他界と繋(つな)がれば、夫々が支え合って寿命が延びる。繋ぐ役割は、船乗同士の掛け合いだ。そして連なった妖精界は弓のように音をはっする。その怪音は生物の営みに影響を与えると云うのだ。ところで嗜乃津の尊霊界から対岸の尊霊界へと渡るには、この連妖を越えなければならない。これを水壁と呼んでいたのである。

冷花伝 #040 母の遺産

ここで話を「末目彦と老婆の語り合い」に戻す。数カ月を過ぎた頃から、老婆の様相が変わってきた。最初は速水軍の戸穴坐(となざ)式将(しきしょう)だと豪語していた老婆だったが「自分は本人ではない」と思い始めたのである。その切っ掛けは、他の自称尊霊との接触であった。老婆と出逢った事始めは、縛力が安定している処を見付けたことから始まっている。不安定な部分は、どちらかと云うと妖精界になる。だから老婆の居場所は、辛うじて尊霊界になる。しかし尊霊が住み着くような空間ではない。人間界に例えるならば沼地だらけの土地である。そして空気が重く感じられる。そんな処で普通に暮らしているのだから、尊霊ではあり得ないのだ。自分が妖精だと気付き始めるのと平行して、客観的な思考で戸穴坐式将のことを思い出した。その概略は、内海を航行中に海賊に襲われた。応戦したが相手は2隻で挟んできて、略奪した積荷を2隻に分配して去った。その後、何故(なぜ)か操舵が利かなくなって浮岩(ふがん)に衝突した。そして此処へ来た。と云う話だ。浮岩に衝突して戸穴坐式将が亡くなったかどうかは、当時の末目彦には判断出来なかった。云えるのは、この老婆が式神として戸穴坐式将を護っていた。一口に言ってしまえば此れだけの事なのだが、此処まで聞き出すのに何カ月も要している。然しながら成果はあった。尊霊界と人間界の違いが分かっている末目彦にとっては、貴重な情報になっている。人間界の現実では、襲ってきた海賊船は一隻である。挟んだ2隻の内、1隻は念積象(ぞう)であって式神だから見えたものなのだ。末目彦は詳しく老婆から聞いているから、念積象が挟んだ理由に水壁の状態を観た。それから連想して、自分が菜田に向かう際に弾かれた原因を推測出来た。老婆も自分も、其れに弾かれて城島まで落ちてきたのだ。そこで希望が出てきた、嗜乃津(たしなず)尊霊界の壊滅には未だまだ時間がある。そして重要なことを思い出した。城島の向こう、戯岸(ざれぎし)は母の禊場(みそぎば)だった。戯岸とは現代の地図では大阪湾になるが、神戸港辺りまでの海岸沿いを意味する。つまり菜田も含まれているのだ。末目彦の母は女仙経を得て、桜巫(さくらみこ)に成った人だ。ここで作者の説明を入れるが「巫」の一字で書く場合と「女」を足して二文字で書く「巫女」がある。漢字としては「巫」一字に女(おんな)の意味がある。だか...

冷花伝 #039 悪路の怪音

それでは音象詩の一節を紹介する。  音象詩 二章「連妖の弓鳴り」  嗜乃津(たしなず)の尊霊に面白き者が居て、恐らく子孫に昴女を迎えるらしき伝えがある。名を末目彦と云うが、其の昴女と覚(おぼ)しき女を出生から追っていた。名は冷花。胎児からの通架を狙い付(ふ)して遣(や)るも、的(まと)を定めておる。星名は背布龍(せめりゅう)に引かれ水壁から城島を辿った。水壁の内には連妖(れんよう)が纏(まと)わりて界衝(かいしょう)を導く。是、尊霊界壊滅の恐れありと申すに、背布龍は連妖の弓鳴りを聞く。弓鳴りは怪音なりて納音(なっちん)を剥がす。よって尊霊界の危機と言うは末目彦の恐れ也。弓鳴りは城島の近隣に高く響き、城島に中たりて鋭き溝を成す。そして島淵(とうえん)から戯岸(ざれぎし)に上がる。戯岸は嘗(かつ)て桜巫(さくらみこ)の禊場(みそぎば)故に振(ぶれ)を和して吸う。依りて城島は無事なるも溝は残りて醜垣(しゅうえん)を造る。其の醜垣に住みし妖は自らを尊霊と思い、親の生前を我と云う。然して末目彦の恐れは積龍神の指手を得、菜田の文刈(もんかり)蘇支(そし)の暦法を用いて図り、背布龍に所作を与えた。法は尾にて連妖を断ち切り、水壁際の揺れを解して一年を経て効を成した。  この音象詩の二章では、嗜乃津尊霊界が救われた経緯を述べている。結末を知れば簡単に救われたように見えるが、其の実には、末目彦の難行が隠されている。

冷花伝 #038 龍神の立場

冷花が述べる龍神の下りは、龍神が龍神のことを話すように流暢だった。それには訳がある。冷花八歳の子月廿六日、星名女(ほしなめ)がやって来た。冷花が生後三カ月になった頃、いきなり現れた仙女であったが、その時も突然(いきなり)入屋(にゅうおく)してきた。甲子が驚いて「あなたは」と言いかけたら「はい」と答えただけで、冷花を表(おもて)へ連れ出そうとした。「何処(どこ)へ行くの」と甲子が言うと「表で話をするだけです」と言う。そして強引に連れ出されたが、珍しく冷花は素直に付いて行った。そして出て直ぐ「あなたなら見えるでしょ」と言って北東の空を指差した。冷花は暫く見つめていたが「何か動いているようだけど」と言いながら、分からないような素振りで口を開き始めた。そして此処から、冷花らしい発言で星名女を圧倒して行(ゆ)く。「ねえ、小母さん誰。名前を教えて」星名女は驚いた。北東に見える龍神のことを聞かれると思っていたからだ。「星名(ほしな)です。私の名が気になるの」と答えた言葉に「うん。遠くで動いているものより、近くに居てる人が誰かを知りたいから」当り前でしょ。と、ばかりの表情で言った。星名女は少し戸惑ったが、内心「この子の云う通りだ」と納得して、冷花の話を聞くことにした。「あれは龍でしょ。遠くに居るから良くは観えないけど。私は龍に護られてるって、母さんが言ってる。でも、何を護ってくれているのか分からないの」と、質問とも思えることを言った。冷花にすれば「護ってもらっている実感が無い」と云う意味で言ったのだが、星名女は得意気(とくいげ)になって「護ってくれています。今も其の為に来ているのです」と答えた。冷花は不機嫌そうな顔をして「あの龍って、小母さんが連れて来たのでしょ。冷花は護ってもらってないけど」と言う。そこで星名女は「龍神には立場があって」と、如何にも龍神の専門家のように語りだしたのである。ここで作者の注釈を入れておく。事実、星名女は龍神を良く知っている。調子に乗ると何でも話してくれる。どうやら星名女は、八歳の冷花が気に入ったのか、それとも八歳の子供に乗せられたのか、龍神について喋りまくった。その名言の数々は、星名女自身が著した「音象詩(おんしょうし)」に認(したた)められている。

冷花伝 #037 龍神の関与

冷花十歳の申月17日、舟会がやってきた。仙女としては凄腕(すごうで)の舟会が、十歳の子供から神界の話を聞く為にやってきた。とうぜん益々、冷花を昴女と思い込んでも仕方がない。それでは尊霊界の危機を救った龍神の話を聞いてみよう。舟会がやって来た時、甲子(かし)は畑で収穫をしていた。星神(ほしがみ)に供える野菜を採っていたのだ。舟会の来訪に気付いた母は、娘が突然(いきなり)喋り始めないように慌てて家に戻った。たとえ舟会が冷花の話を聞く立場であっても、仙女を御迎えするのだから礼儀作法は必要だ。現在の常識では、着座を促(うなが)してから御茶でも入れる。その頃の嗜乃津(たしなず)では、入屋(にゅうおく)を引率する際に「盆架水(ぼんかすい)」を差し出す。「盆架水」とは「お盆に載せた水」であるが、神仏に供える閼伽水(あかすい)のようなものだ。要するに、玄関若しくは入屋した場で、水を差し出すのである。舟会も作法どおり、手に閼伽椀(あかわん)を取って軽く会釈してから盆へ戻した。そして着座。案の定、冷花は早速(さっそく)喋り始めた。「龍神はね、尊霊界が不安定になると困るって言ってた。人間とか尊霊を助けるのではなくて、龍神が動くのに不安定な尊霊界が在ると遣(や)りにくいそうなの。でも嗜乃津では、一所懸命に祈願をした尊霊がいて、その願いを聞き入れたの。どうせ遣らないといけないことをしたんだけど。感謝されてるのだから、龍神は良かったね。嗜乃津の尊霊界は海に繋がっていて、海に入った際(きわ)の海岸沿いに妖精界が連なっていたそうなの。その端が城島でね、城島から緩(ゆる)い波のように嗜乃津まで押し寄せてきた。その緩い波は百年以上かけて此処まで来たんだって。龍神は尻尾(しっぽ)で繋がっている部分を切った。ただ其れだけだって。繋がる妖精界は四角(しかく)い海月(くらげ)のような象(かたち)でね、生まれる時は一つ一つだけど、近くの仲間と引きあって、完全に繋がると、中に道が出来るそうなの。元になった想いは、船に乗って荷物を運んだり、戦ったりしてきた人達の念みたい」熱心に喋る冷花を見つめていた甲子は、自分の知らない事を話す冷花に驚いた。舟会は、冷花の一言一句(いちごんいっく)に集中していた。

冷花伝 #036 昴女の記憶

ここで末目彦と老婆の話を中断して、冷花十歳の未月13日へ話を戻そう。冷花と舟会は屋内で話した後、二人で外を散歩した。舟会にすれば「御暇(おいとま)します」と甲子に告げたから、帰るつもりで外へ出たのである。それを冷花が追いかけたと云う訳だ。「小母さん、龍神の話を聞かないの」と駆け寄り、並んで歩いた。大きな歩幅で歩いていた舟会の足取りが緩(ゆる)んだ。冷花の歩幅に合わせたのである。冉族の仙女にとって「相手に歩幅を合わせると云うこと」は、其の人を敬っていることになる。「ありがとう冷花さん。来月も来るから、その時に教えてくださいね」冷花は不思議そうな顔をして「どうしてなの。急いで帰る用事でもあるの」と返した。「これは上の神様の話だから、姿勢を正して聞きたいのです。泣いてしまった後だしね」冷花は更に首を傾(かし)げて「泣いたら神様に失礼なの」と言った。「私もね、冷花さんと同じで、母から色んなことを教えてもらいました。その中でね、子供心に深く残っている言葉があるのです。それは、神様の前で泣いてはいけない。って事なのです」ここまで聞いて、冷花は「私の話を聞くだけでしょ。冷花は人間なのに」と口を挟んだ。一呼吸を入れて舟会は足を止め、冷花の方を向いた。そして「ええ、分かっています。でも、子供の頃からの想いだから」と微笑みながら答えた。それに対して冷花は「小母さん仙女でしょ。そんな事を気にしなくなったら、もっと凄くなれると思うけど。神様の前で泣いたらいけない理由は何(なん)なの」との質問。舟会には答える言葉が無かった。上手く説明が出来ないからだ。だから黙ってしまった。それを観て、冷花は全く理解出来ない。でも何かを察したのか「また会えるのを楽しみにしているね」と言うなり、冷花は振り返りもせず、家に向かって駆けて行った。舟会は、冷花が家に入るのを見届けてから、その場を飛び去った。

冷花伝 #035 雲羅華の波

一月(ひとつき)以上、末目彦は老婆と語り合った。老婆が妖精であることに気付いてからは、老婆自身に本性を知らせることに専念したのである。これは非常に難しい作業である。妖精は、人の想いが縛して産まれた。だから考えに柔軟性はない。しかし式神の領域ならば、多少の理解力はあるはずだ。それは老婆の親に依るのだが、その親が分かれば、尊霊界安定の手立てが分かるかもしれない。自分でも「何を根拠に」と、思ってはいたが「そんな気がする」と云う希望の一心を込めて、老婆に賭けてみたのである。「人間であった時の御名(みな)を教えてもらえませんか」老婆は少し考え込んでいたが「妾(わらわ)は速水軍の戸穴坐(となざ)式将(しきしょう)である」と男口調になった。末目彦にとっては初めて聞く名だった。速水と云う氏(うじ)を聞いたことはあるが、速水軍は聞いたことがない。末目彦は平安時代からの尊霊である故、鎌倉時代への移行期を知っている。況してや文官とでも云うべき素養の持主だ。生前は母から仙術も授かっている。尊霊の中では世情に詳しい者である。「速水軍は何処で陣を張っておったのですか」これは末目彦の鋭い質問である。妖精ならば際立った記憶が中心に在るからだ。「帆船なれば水上に陣を張っておる。路は方海月(ほうくらげ)の尖(とがり)を繋(つな)ぎて手繰(たぐ)る」と、老婆は答えた。この言葉から判明した。人間界の出来事ではない。ここで末目彦は冷花の言葉を思い出した。最初に聞いたのは「煩(うるさ)い黙れ」だったが、二度目の観察の時「尖を見て飛んでおる」と聞こえた。冷花の胎児から聞こえた声、そして老婆が云う「方海月の尖」この二節の関連を、其の時の末目彦には解明出来なかったが「これが原因だ」と心中で叫んだ。ここで作者が先走ったことを述べるが、方海月と云うのは、雲羅華(くもらげ)と云う特殊な妖精なのである。嗜乃津(たしなず)の尊霊界が危機に陥ったのも、城島(きじま)尊霊界に亀裂が在ったのも、この雲羅華に因るものだったのである。

冷花伝 #034 世界の亀裂

老婆が言うに「我は城島の尊霊である。遥か昔、人として此処に住んでおった。村を作り、古老から農も学び、漁は得意な者がやりよった。人の天寿は百年ほどだ。其れを全うして此方(こちら)に来た。眠って、目覚めて、此方で生活をするようになった。最初は何も分からなかったが、身体が軽いのに気付いた。鏡がないし、此処の水面(みなも)は顔を写してはくれぬ。しかし自分が此処に居る理由を考えながら暮らしてきた。人として生きた年月よりも長く此処にいる。此処が城島だと知ったのは後から来た奴(やつ)が教えてくれたからだ」等と、死んでから今までのことであった。末目彦は考えた。どうやら此処は安定した尊霊界ではなく、妖精界が中途半端に締縛された部分界のようだ。自分が辿ったのは、水壁に弾かれて此処まで滑り込んできた経路なのだ。これで何となく、嗜乃津(たしなず)尊霊界の状態が分かってきた。周辺で妖精界が形成され、その重みが針のように尊霊界に刺さってきたのだ。城島の尊霊界は百年以上前から其のような状態になっている。ところが問題なく存続している。末目彦が最初に落ちたところは妖精界。そして尊霊界の亀裂にまで辿ってきた。自称尊霊の老婆は、誰かが造った妖精なのだ。末目彦は尊霊なので、尊霊界のことは良く知っている。尊霊界の水面は水鏡になる。老婆が「此処の水面は顔を写してはくれぬ」と言ったことで大凡(おおよそ)のことが理解出来たのであった。