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冷花伝 #005 乱知の実情

この様に、十八歳の冷花は評論家の如く異界を語る。異界と言っても主に尊霊界であるが、隣景であるだけに、人間界に対する影響は強大である。先ずは事始めにて「十八歳の冷花言」を紹介したのは、此の頃からの冷花が後の尊霊界に大きく貢献するからである。尊霊界に大きく貢献すると云うことは、それが結果として人間界への貢献に反映してくる。それでは話を冷花が生まれる前に戻そう。為津(なしず)の汝我(じょが)から始まった「昴女の噂」は、富士尊霊界まで辿り着いた。そして日本を出て、支那へ伝播した。支那と云う象名は天竺語から来ていることからも分かるように、支那へ伝われば天竺へも即座に伝わる。天竺は仙人達の神明処だ。神明処とは「隠れ会談処」と云う意味だが、深い意味については、何れ冷花が教えてくれる。話を戻し、噂は更に此処から各仙界へと語られて行く。しかも伝播速度は緩(ゆる)い。だから各界による時代錯誤は当たり前で、驚くことに千年を経た現代「昴女が人間に生まれるそうな」と知った界がある。読者は既に御存知の通り、冷花は昴女ではないが、冷花の誕生が契機となって「昴女が龍神団を率いて尊霊界へやって来る」ことになった。その千年の間、冷花は5回の転生をする。それで漸く「昴女の噂」は世界に広まった。この実情を冷花に言わせれば「乱知な奴等だ」。

冷花伝 #004 尊霊界こと始め

ここで、尊霊界が形成された「事始め」を簡単に語っておく。但し作者の説明ではなく、冷花が十八歳に語った言葉を引用する。人間が何季(いつ)生まれたかは知らぬが、村を作って集まりだした。村の中では強い者が弱い者を助け、他村の侵略を防いだらしい。どの村でも伝えが在るが、滅びずに続いてきた村には守護霊が居る。村を護ってきた強い者も、老いては護れなくなる。大昔は分からないが、観える世で推せば人間は百年も生きない。ある村での出来事。守りたいもの、特に幼子を護れずに死を迎えた女の一人が純な魂へ帰らなかった。彼(あ)の世に行かず、此の世を彷徨(さまよ)った。書によれば、そのようなものを「亡者」と記してあるが、事もあろうに其の女は村を護れるようになった。その女を「昴女(すばるめ)」と言うそうだ。誰をどのように呼ぼうが勝手であるが、昴女と呼ばれる女は違う。別に居る。亡者の昴女と、亡者でない昴女には同様がある。それは「彷徨った」ことだ。違いは、亡者の方は死んでも死にきれずに彷徨った。彷徨った処は人間界の外壁周囲。其処が後に整備されて尊霊界と鳴った。亡者でない昴女は、魂の世界からやって来た。そして人間界を彷徨った。要は、戯(たわ)けな神様だ。ところで亡者の昴女は沢山発生している。だから尊霊界は大きくなって、人間界の隣に居場所を得て神界になった。但し神界と呼ぶには御粗末(おそまつ)なものだ。そして亡者でない昴女は、たぶん御一方(おひとかた)しか居ない。

冷花伝 #003 占星術師

現代における占星術師は、冷花が生まれた頃の其れとは随分違う。今は違う。とだけ言っておくが、徐々に紹介するので安心して読文を続けて頂きたい。そしてもう一つ、冷花伝は尊霊界から始まる。嗜乃津(たしなず)から西方へ、海岸に沿って半日ほど歩けば為津(なしず)と云う村がある。其処の尊霊に占星術師が居た。人間として生きていた頃は官職に就いていた者で、天文暦法を生業(なりわい)としていたのだ。村が旱魃になった折「雨乞などをして村人を救った」とか云う誉れがある。名を汝我(じょが)と申して、尊霊になってからも同名を使用していた。汝我が為津の尊霊になって5年が経過した頃「昴の気が濃くなった」と噂が広まった。尊霊界から観える天円は、人間界とは絵柄が違う。「気が濃くなる」とは、見え方が明るくなったようなものだと例えておく。そして其の現象は、汝我の経験と占学から「昴女(すばるめ)が人間に生まれる」と判断されたのだ。噂は近隣の尊霊界に広まり、翌年には富士尊霊界まで届いた。

冷花伝 #002 尊霊界

人間界の記録では、出生不明の冷花であるが。その実は、嗜乃津(たしなず)の生まれである。そして生年月日までも特定することが出来る。ただし、あまりに詳しく書いてしまうと面白くない。分からないからこそ興味が湧くというものだ。それから書き進める前に知っておいて欲しいことがある。其れは、令和7年夏至まで「冷花伝は公開禁止文書」だったのだ。誰が禁止していたかと云うと、多くの神霊界から禁止令が出ていた。そんな禁止令など無視すれば良いじゃないか。と思うかもしれないが、人間界で生きて行くには多くの神霊界に助けてもらわねばならない。それは読者諸氏も同じであろう。ここで神霊界と表現しているのは、氏神様よりも上の神様方のことだ。氏神様の神界は人間界の隣(となり)に在る。だから隣景(りんけい)と呼ぶこともある。「冷花伝」はその尊霊界の記録文章故に、上の神界から禁止令が出ていると公開し辛いのは当然である。作者は多くの尊霊と付き合いがある。だから彼女のことを語れるのだ。それに尊霊が出版などするはずはない。つまり禁止されていたのは私だとも云える。公開が容認されたからには、可能な限り喋ろうと思う。

冷花伝 #001 菜田の幽霊

冷花の出生は明らかではない。但し其れは人間界の記録に関してである。「尊霊界の記録によれば」と云う表現をすれば、彼女の記録は至る所に在る。出生を記録しているのは菜田(なた)の仙町録(せんちょうろく)。十六歳の冷花によれば「菜田には幽霊が沢山居って威張っている。もっと大人しくしていれば威厳もあるのに。可哀想な奴等(やつら)だ」と、述べられている。ところで時代考証であるが、源頼朝と名乗る皇族が武士になっていた時代である。現代の読者なら「鎌倉時代」と認識してもらえれば分かり易い。更に調子に乗って、菜田の所在特定をしておく。生田神社の近くである。仙町録曰く「昴女(すばるめ)が現れた」やや神様を驚かせたことから始まるのだが、彼女は昴女ではない。要するに冷花の人生は「八ヶ月の胎児が、昴女と間違えられる」ところから出発する。

冷花伝 #000 起文解題

冷花(れいか)は嗜乃津(たしなず)生まれの仙女である。現在に嗜乃津と云う地名が残っているかは知らないが、愛媛県の何処かであることには間違いない。そこで思うに「津」と云う尾語なら水辺のはずなので、現在の今治(いまばり)市だと設定しておく。これから起文する「冷花伝」は一応、小説として世に出る所以である。小説ならば当然、作者の好きなように設定すれば良い。ところが私(わたくし)、作者は小心者なのだ。だから他者が残した記録を、自分の文書のように語るのは心苦しいし、恥ずかしい。それでは何者が残した記録なのかだが、多くの尊霊が執筆をした記録である。尊霊とは何か、俗っぽく言わしてもらうと「格調高い幽霊」である。但し此の表現は、冷花の言葉を引用したもので、私の個性から出たものではない。私流に云う尊霊は「各地の氏神様」である。多くの氏神様は「人霊神」なので、人間が神様に鳴った方々である。これが冷花をして「幽霊」と言わせる理由である。本文が進むに連れて慣れてくると思うが、冷花の発言には癖がある。その「癖がある」を前述しておきたいが為に「解題」と称して「はじめに」を、起文した次第である。

鯉冥士の物語 #100 最終回

鯉冥を観察した第三者とは誰か。言い換えれば現記(うつき)の作者である。ところで本稿は、今回の括りで百回目になる。起文した頃からの予定では、百回目が最終回だ。予定通りに括ることにする。これからが「面白くなりそうなのに」と思ったかもしれないが「鯉冥士の物語」は「小説女仙経」の副読本である。女仙経に登場する唐女「鯉冥士の生立ち」を語ったものだ。よって「小説女仙経」を更に深山歩すれば楽しんでいただける。深山歩とは「その世界へ入り込む」と云う意味で使う言葉である。そこで最終回の締めだが、二つ在る。一つは葛野王と鯉冥士の出逢い。つまり、ある冬の出来事である。場所は現在の「藤ヶ崎龍神社」が座する辺り。葛野王が湖水に向かって歩く老婆を見る。まさか入水するのではと思い、葛野王は走り寄った。老婆は水辺で立ち止まり、振り返った。老婆は葛野王の様子を、目を丸くして見つめたが、走り寄った葛野王は勢い余って老婆に当たる。そしてそのまま二人は転倒する。無理やり作ったような情景であるが、これは「現記」の一節である。ならば「現記」の作者は是を観ていたのか。ここで二つ目の締め。一匹の猫が観ていた。その猫は数カ月前から葛野王の傍に居た。

鯉冥士の物語 #99

葛野王と鯉冥士の「出逢い伝承」は二つある。複様伝承は有りがちなことだが、鯉冥士の是には理由がある。勘の良い読者ならピンときたと思うが、一つは夢から引用された伝え。もう一つは現で観察された記録。既に述べている通り、鯉冥が現実世界で書いた日記を「夢記」と呼んでいる。それは現実での体験が夢の人生と殆ど一致しているからだが、鯉冥にとっての本物世界は「夢の中で過ごした人生」であることも再認識していただきたい。そして此処では「決め手」となる分類法を示しておく。一つは鯉冥自身が書いた日記。もう一つは第三者による鯉冥の観察記録だ。分かり易くする為に、前者を「夢記(むき)」後者を「現記(うつき)」と表現する。夢記によれば、葛野王と鯉冥士の出逢いは夏。現記によれば冬である。何れも葛野王が観た鯉冥は優しい老婆だった。

鯉冥士の物語 #98

ここで突然(いきなり)だが、夜毬の夢中記に入る。それは鯉冥の恋を語るのに適当だからだ。学者の性分であっても、鯉冥は女子(おなご)の性は持っている。況してや仙女であるからして、尻を観(み)れば艶(なま)めかしい。小周天も会得しているし、その気になれば飛行も嗜(たしな)む。ところが彼女は普段、仙術を使わない。葛野王と出会った最初、葛野王(かどののおおきみ)の目に映る鯉冥士は優しい老婆だった。

鯉冥士の物語 #97

ここは論を学ぶ処ではない。と既に言っている。とは云え「こんな名の論がある」のは知っておいてもらおう。既に述べた「集散粒虫解(しゅうさんりゅうちゅうげ)」は、死神の生理学のようなものだ。日本を人刈魔神から護る方法が書かれている。それは人刈魔神の生立ちを知ることから始まる。次に「雌雄順逆周回里(しゆうじゅんぎゃくしゅうかいり)」は、男女による時間環境の違いを述べている。人が誕生すると先ず、男女の区別を流決する。男として生まれても、女として生まれても、誕生日から命日へと向かう。命日は現(うつつ)を去る日なので、未来の領域になる。ところが陽は内に陰を宿し、陰は内に陽を宿す。陽は男體、陰は女體、それぞれ表面に流決された縛體だ。縛體は未来へ向かうが、内の宿體は過去へ向かう。変な話だと混乱する前に、この論は有耶無耶(うやむや)にして、次に「死青神龍生成符(しせいしんりゅうせいせいふ)」は、死神と青龍が入れ子になった題になっている。つまり死神と青龍は絡み合っていることを表現している。そして生成符とは生存する術(すべ)を意味する。鯉冥士は、この術を使って日本皇室を堅固にした。次に「丹神呂方観(たんしんろほうかん)」は、北斗から力素を受ける法である。所謂(いわゆる)司運を得(え)ることなのだが、此れがないと継続する能力に欠ける。日本国へ力を供給する具体案のことだ。次に「含天円里歳象(がんてんえんりさいしょう)」は、暦を確立して面尾総體を大龍神に育てる方法を云う。鯉冥士の論書は多くあるが、これら五論を以ってして、孫の三船に偉業を与えたのである。

鯉冥士の物語 #96

小さな事に囚われていると、それ以外のことに気付かなくなる。鯉冥は天文学者だから「一つの星に囚われていると、無数に在る星々の挙動に気付かない」と置き換える。天円に散りばめられた星は常に何かを語っている。それを聞く為には、一つの星に縛られてはいけない。全体を一つとして感じ取るのである。このような考え方が華厳経の世界なのだが、もし一部の仏教学者から「本当の華厳経はそんなものではない」と言われたとしても、論争する気はない。これは鯉冥士と云う唐女が「死神から聞いた話です」と応(こた)える「言葉」を用意しておこう。更に本音を云うと「此れが五相方論の世界」である。つまり五相方論の中核思想は鯉冥士に由るものであり、死神の語りなのである。印象よく表現するなら「青龍の想い」とでも言っておく。

鯉冥士の物語 #95

このまま話を進めようと思ったが、やはり「死神の言葉」に説明を加えておこう。「度量の在る人は、小さな事を見逃さない」これは何となく分かるような気がする。度量って単語に、頼もしいニュアンスがある。問題は此処の解釈である。「それは小さな事に囚われないからなのだ」当たり前のように続く此の文には、魔力がある。度量が在ると云うだけで頼もしいのだから、小さな事に囚われないなんて「カッコいい」と思うではないか。ところが別の視点からすれば「無神経」とも言える。しかし死神は上手く締めくくっている。「つまり小さな事に縛されないからだ」実はこの一文が鯉冥を納得させた。

鯉冥士の物語 #94

鯉冥が目的を果す為に来日したこと。何となく理解できただろうか。そして分かりきったことを言うが、鯉冥は優秀な天文学者である。作者が言いたいのは、艶麗(えんれい)な女性ではないと云うことだ。天皇家の男性は艶麗な女性を好む。少なくとも鯉冥の相手は、そんな趣向の御方であった。そして本来の鯉冥は既に老婆であった。しかし人によっては少女に観える。これが鍵になるのだが、要は「鯉冥を観る人の主観」によるのだ。但し其の主観背景には「鯉冥の十歳杭」を挟んで対峙する「粒虫と人刈魔神」の攻防が在った。

鯉冥士の物語 #93

「死神」つまり粒虫(つぶむし)を深く追求するには、鯉冥の論書「集散粒虫解(しゅうさんりゅうちゅうげ)」を学ぶことである。それは「五相方論(ごそうほうろん)」に収められているが、ここは物語として楽しむところである。よって物語の進行上に必要な知識として、要点を纏めておく。要点一、鯉冥の目的は地球政治の安定である。要点二、地球政治の筋金は日本国皇室が担う。要点三、其の為に執政を司る者の乱心を防ぐ。要点四、乱心を齎(もたら)す最も危険な種は人刈魔神である。要点五、人刈魔神は粒虫の変化(へんげ)體である。要点六、本来の粒虫は青龍の働きをする。要点七、青龍は時空に束縛されない。要点八、人刈魔神は時間を貪り食う。要点九、時間を食われた者は度量を失う。要点十、皇室の度量を保つ為に鯉冥は渡来した。

鯉冥士の物語 #92

度量が在る者は、小さな事に囚われない。本当だろうか。私の知る限り、度量の在る人は、小さな事を見逃さない。それは小さな事に囚われないからなのだ。つまり小さな事に縛されないからだ。さてこの話は何を言いたいのか。これは、死神が言っていたこと。老婆の鯉冥が少女に観えた理由は、鯉冥が死神から聞かされていたことなのである。寝そべった死神が言っていた。「身体は滅びるのではなく、身体の度量が失われるのだ。度量が在れば、時が継続される」ここでの度量を言い換えると「時間」である。

鯉冥士の物語 #91

引き返した鯉冥には「三船の御先祖になる物語」が待っている。いよいよ唐女のラブロマンスかと期待する諸氏も多いと思う。もちろん其の期待には応(こた)えるつもりである。しかし其の前に、忘れてはならない現実がある。唐女は既に老婆なのだ。ところが以前に述べた如く、鯉冥は少女に観えた。そこで読者には、この不可思議な話を理解していただく度量を持ってもらわなければならない。

鯉冥士の物語 #90

富士の甍で足止めを受けた鯉冥だが、直ぐに引き返しはしなかった。やや時空に歪みが在ったからだ。この歪みとは「遊びが在る」とでも言えば分かるだろうか。シッカリと締め付けられているのではなく、緩(ゆる)みがあることを意味する。青龍が動く、三世が纏まる。まさに華厳経の世界の現出だった。そして鯉冥の足取りは三矢(さんや)まで延び、其処で一月滞在して、引き返した。三矢とは現在の鎌倉辺りである。

鯉冥士の物語 #89

生きている龍を「青龍」と呼ぶ場合、其の龍には「陰交陽」の能力がある。これを語る鯉冥士は論書として記す。ここで面白い分類をしてみる。論書は夢中の夜毬によるもの。そして夢記は現の鯉冥によるもの。此れまでの語りを理解していれば「なるほど」と思うだろうが、混乱するのが普通である。然るに、分からなくて良い。何となく「面白い」と思って頂ければ幸いである。さて、論書によれば青龍とは「具(つぶさ)に陰は陰なると流決し、陽は陽なると流決する。故に時は刻まれて行く。若しや陰を以って陽を流決すれば、或いは陽を以って陰を流決すれば、面尾は後先に合う。此れ陰交陽」と云う。増々分けが分からぬと思うも良い。しかし皆、既に知っているのである。

鯉冥士の物語 #88

渡来し、引かれるように東北に向かった鯉冥だが、富士の甍で足止めを受ける。悪い予感ではなく、青龍を察したからだ。彼女の云う青龍とは「時空の交砂位」を意味する。交砂とは異界との接触である。我々が平行宇宙と呼ぶ概念に似ている。夜毬が住んでいた夢世界が、此処の現と共鳴を始めたのだ。故に、この先は行かなくても、近未来の結果は同じになる。鯉冥記には「龍尾は鈴音を発し、追風(たいふ)と鳴って面を磨く。操龍の師は訪れて、私を青龍に乗せる」と書かれている。

鯉冥士の物語 #87

近年こそ「時空」と云う言葉は小学生でも知っている。しかし賢者達は、大昔から普通に論じているのだ。証拠は多くの書に記されている所以である。それでは今から、時空と云う概念を使用することにする。我々の生存は安定した時空で営んでいる。時間が一定に進んでいるかのように感じる世界である。その一つに観える時空域が、誰か一人の生活圏なのだが、同じ世界の中に違った時空が共存しているのだ。鯉冥は十六歳から確信をしていたが、来日して富士山を観ることによって其れが現実に鳴った。

鯉冥士の物語 #86

何やら生物学と物理学の講義を聞いているようだ。読者にしてみれば、渡来後の鯉冥の軌跡を早く聞きたいのではないか。鯉冥は富士山を観ながら、何を考えたのか等。実は初めて富士山を観た鯉冥は、その景色を楽しんだ訳ではない。粉虫(こちゅう)のことを考えていたのだ。富士の甍には多くの異界が在る。しかも安定している。誇るべきは尊霊界の規模であるが、粉虫の集界は不思議に安定していた。しかも死神は尊霊界を普通に往来している。それを目撃したのである。

鯉冥士の物語 #85

死神が、人の念積によって誕生したのなら、妖精と同じように思える。当然あらゆる生物は念積によって構成されている。そこまで言い出すと、皆同じになってしまう。例えば、寅と鼠は、象こそ違うが細胞の集まりだ。その細胞が現れた機序は同じである。よって寅と鼠は、同類だと云える。もっと科学者ぶって述べれば、細胞は宇宙と同調している存在なのだ。ところが粒虫(つぶむし)は細胞とは違う。鯉冥記曰く「書に在る。宇は広がり、宙は理、宇宙は其の二者が同調した者。粒虫は宙を食って、宇に蔓延(はびこ)る者也」

鯉冥士の物語 #84

死神の体(てい)は粉虫の集まりなのである。集まる前には粉々の態(てい)をしている。人の場合は一粒(ひとつぶ)の卵から増えていくように観える。これを鯉冥の学びによれば、時間を栄養にして集まってくるのである。人は念積を上手に造る。人を造ったのは親神である。親神が人を造ったように、人は死神を造ったのである。鯉冥士が死神と語ったとき、寝そべっていた死神が生立ちを詳しく訴えてくれたのだ。

鯉冥士の物語 #83

近江三船は、粉虫を観察する能力がある。この人は天皇諡号(しごう)を流決して日本国に筋金を入れた。今まで随所で語ってきたことであるが、何度でも繰り返す必要がある。此処で話は全く変わるが、学校で習った生物学を思い出して欲しい。でも「すっかり忘れていますね」と笑うことになる。細胞(さいぼう)についてなのだが「それなら知っている」と言ってもらえるだろうか。ところで我々の身体は、細胞の集まりですよね。これも抵抗なく受け入れられる。はずだ。そこで其の感性を抱いたまま、聞いてもらおう。

鯉冥士の物語 #82

鯉冥士の辞書に「粉虫(こちゅう)」と云う単語がある。他語に比べれば解説が多く、入念に記されている。少しだけ閲覧すると「粒虫(つぶむし)様に群れるに意を顕す。人の臨終に現れるもあれば見ゆるとも。稀に延命を成すも良きとは言えず。難儀は神界に従わずも悪鬼に手を貸す。架族に入れずも其れ鳴りに振舞い、大衆を惑わすも導くことあり。此処に着くは杭に纏(まと)わり、縛り千切(ちぎ)るは閻魔の鎌振りに似る」云々。この短文で分かると思うが「粉虫」とは、鯉冥による「死神の呼称」である。

鯉冥士の物語 #81

これは鯉冥士が渡来後、孫の三船に語った教えである。鯉冥が三船を導く手段が「夢中相伝」である故、正確な伝承を行う基本が此れなのだ。そこで死神の話に戻る。死神とは、両輪を乖離させる連中である。要するに「砂金を包(くる)む泥」なのである。鯉冥が出逢った死神は四人いた。立っている人。座っている人。寝そべっている人。そして其の場所。学問として云うならば、鯉冥の発見は多くある。しかし最も大きな功績は、死神との対話を正確に記憶していたことだ。

鯉冥士の物語 #80

現(うつつ)はそれがし、夢取り籠を持つ。砂金は泥に漂い、それを掬(すく)うは夢を繋(つな)ぐ。金の輝きは魂の木漏れ日。磨くは人。作るも人なれど、造るは魂の智慧。雑部(ぞうぶ)まちまちの籠は分明ならず。正(まさ)を知るは神々の物語。人知れずも意澄(いすみ)行い、憶念なすは迷わずの為。一歳(いっさい)過すは三百六十。閏(うるう)を宛行(あてが)えば雑も整う。泥を拭えば夢も現も両輪の如し。

鯉冥士の物語 #79

ところで記憶と云うものは、観測データの集まりだ。整理して思い出すと、理解出来るストーリーになっている。ただ思い出すだけでは、何が何だか分からない。夢を思い出して現実と比較して「多くの矛盾点」が確認されるのは、整理されていないまま思い出すからである。夢を体験記録の再現だとすると「思い出した夢」はデータ保管場へのアクセス結果である。このように科学的な表現を出来るのは今世紀故であるが、鯉冥の表現は頗る文学的であった。

鯉冥士の物語 #78

「此処が死神だよ」と云う言葉を聞いて、鯉冥には此処が何処か察しがついた。そこで、立っている人に言った。「手を挙げてみてよ」立っている人は無表情で諸手を挙げた。すると周囲が暗くなった。「ありがとう。手を下ろしてください」立っている人が手を下ろすと明るくなった。さて、読者の方々は此処が何処か分かったであろうか。もし分かったなら、あなたの前世は仙人である。